」と、せんさく癖をジョウが出しました。
「よく知らないけど、ローリイさんのおとうさんが、イタリアの女の音楽家と結婚なさったのをきらうからでしょう。ローリイさんがまだ小さいとき、両親がなくなったので、おじいさんがひきとったわけですが、おかあさんのような音楽家になりたいなどという、望みを起されたら、こまるからでしょう。」
「まあ、小説みたいね。」と、メグ。すると、すぐに、ジョウが
「まあ、いやだ。音楽家になりたければならせて、いやな大学にいかせて、苦しめなくてもいいのに。」
 ひとしきり、ローリイのことで話ははずみました。話のすえに、メグがいいました。
「夜会であったけど、たしかにあなたの話のとおり、ローリイは、お作法を知ってるわ。おかあさんがあげた薬って、ちょっと、気のきいたいいまわしね。」
「白ジェリイのことでしょう?」
「まあ、なんておばかさんでしょう! あなたのことを、おっしゃったのよ。」
「そうなの。」と、ジョウは、思いがけないというようすで目をまるくしました。
「あんたみたいな人ってあるかしら? お世辞をいわれてわからないんですもの。」
「そんなばかなこといいっこなしよ。お世辞をいうなんて考えずに、かあさんのないぼっちゃんをみんなで親切にしてあげましょう。ローリイ、遊びに来てもいいでしょう、おかあさん?」
「ええ、ええ、けっこうです。それから、メグさん、子供はできるだけ、いつでも子供でいるほうがいいのよ。」
「あたし、じぶんを子供だなんていわないねまだ十三にもなっていないんですもの。」と、エミイがつぶやきました。
「ベス、あなたはどう?」
「あたし、あの巡礼ごっこのこと考えていたの。おとなしくなろうとして、失望の沼をとおり、試練の門をぬけて、けわしい山をのぼっていくことだの、あのりっぱなもののたくさんあるローレンスさんの家が、あたしたちの美しい宮殿になるかもしれないってことだの、考えていたの。」
「あたしたちは、まあライオンのところまで来ることができたんです。」と、ジョウは、ベスの言葉にいくらか賛成らしく答えました。

          第六 美しい宮殿

 大きな家は、とうとう美しい宮殿になりました。けれど、みんながそこへいくのに、かなりの時間がかかり、ことにベスがライオンのそばをとおりぬけるのに、かなり骨がおれました。そして、ローレンス老人は、一ばん大きなライオンでしたが、訪ねて来て、娘の一人一人に、おどけ言葉や親切な言葉をかけ、おかあさんとむかし話をしてからは、もうだれも老人をこわがりませんでした。もう一つのライオンは、こちらが貧乏で、むこうが金持ということで、それもそのうちに、ローリイが、貧乏でも、愛のこもった家から受けるなぐさめを、どんなにありがたがって[#「ありがたがって」は底本では「なりがたがって」]いるかがわかったので、じぶんたちがローレンスの家から受けるものを、べつに恐縮しないでもいいと思うようになりました。そして、そこに春の草のめばえのように、あたらしい友情がもえました。
 ローリイは、今までおかあさんの味も、姉妹の味も知らなかったので、マーチ家にみなぎるゆたかな、あたたかなものに心をひかれ、ひまさえあると、遊びに来ました。それを心配してブルック先生は老人へくわしく告げました。
「いや、かまわん。遊ばせておくさ[#「おくさ」は底本では「おくき」]。あとでとりかえせばいい。マーチ夫人の意見のとおり、あまり勉強させすぎたのがいけなかったのだ。マーチ夫人がよくやってくれる」
 老人は、もうわかっていました。そして、みんなはどんなにおもしろく遊んだでしょう! お芝居、[#「、」は底本では欠落]そり遊び、氷すべり、にぎやかな夜会、たのしい談話。マーチ家からも三人の姉妹がおしかけ、メグは温室で花たばをつくり、ジョウは文庫で本をむさぼり読み、エミイは絵をうつしました。ただ、ベスだけは、グランド・ピアノ[#「グランド・ピアノ」は底本では「グランド、ピアノ」]にあこがれながら、老人をこわがって、逃げて帰りました。老人は、そのことを知って、わざわざ訪ねて来ておかあさんにいいました。
「ローリイは、ピアノを怠けています。やりすぎたから、いいあんばいなのですが、ピアノは使わんといかん。どなたか[#「どなたか」は底本では「どなかた」]来て使ってもらえんかな、いつはいって来てもいいし、口をきかんでもいい。だまって来て、だまってひけばいいんだが。」
 聞いていたベスは、もうたまらなくなって、
「あたしベスです。音楽が好きです。おじゃまでなければ、まいりたいのですが」
「どうぞ。どうぞ。半日だれもいないんだから、えんりょなく、ピアノを使ってもらえれば、こちらからお礼をいわねばならん。」
 ああ、ベスは顔をほてらし、ローレンスさんの手をにぎり、お礼の言葉がいえないので、ただきつくにぎりしめました。老人は、そっとベスの髪に口をあてて、
「わしには、こういう娘があった。ああ、かわいい子じゃ、さよなら、おくさん。」
 老人が大いそぎで帰っていくと、ベスはおかあさんといっしょによろこび、そのうれしいニュースを仲よしの人形たちに告げに二階へかけあがっていきました。その晩、ベスは今までにない、たのしさでうたいました。あくる日、老人とローリイが出かけたのを見とどけたベスは、こっそりと、客間へしのびこみ、ふるえるゆびでピアノをひきました。おお、その美しい音、ベスはうっとりとなり、よろこびはてしなく、やすまずにひきつづけ、ハンナが食事のむかえに来るまで手をやめませんでした。その後、ベスはまい日のように生垣をくぐり、客間にしのびこんでひきました。ベスは、老人がそのしらべを聞くために、じぶんの部屋の扉を開けることも、新らしい音譜をそなえておいてくれることも、ローリイが広間にいて女中たちの来るのをおっぱらってくれることも知りませんでした。ただ、ベスは、じぶんの望みのかなったことを感謝して、まことにたのしかったのであります。
 二三週間たちました。ある日、ベスはおかあさんにいいました。
「おかあさん、あたしローレンスのおじいさんに、スリッパを一つ、つくってあげたいの。あたしお礼をしたいんだけど、ほかにどうしていいかわからないんです。」
 おかあさんは、にっこり笑って、
「ええ、ええ。つくっておあげなさい。きっとおよろこびになるでしょう。みんなも手伝ってくれるでしょうし、かかるお金は、おかあさんが出してあげますよ。」と、いいましたが、おかあさんは、ベスがめったにおねだりをすることがないので、今、ベスの望みをかなえてやるのを、とくべつうれしく思いました。
 ベスは、メグやジョウと相談して、型をえらび、材料をととのえて、スリッパをつくりはじめました。紫紺の布地に、しなやかな三色すみれの花をおいたのが、たいそうかわいいと、みんながいいました。ベスは、手が器用でしたし、ほとんど朝から晩までかかりきりでしたから、まもなくできあがりました。それから、ベスはごくみじかい手紙を書き、ローリイに頼んで、ある朝、老人がまだ起きないうちに、こっそり書斎のテーブルの上に、スリッパといっしょに、のせておいてもらいました。
 ベスは、心待ちに、待ちましたが、その日も、つぎの日の朝も、なんの返事もありません。きっと老人をおこらせたのだと、ベスは心配しはじめました。けれど、その日の午後、ベスがちょっとお使いに出た帰りに、思いがけないことが起りました。ベスが家のちかくまで来たとき、四つの頭が客間の窓から、見え、たくさん[#「たくさん」は底本では「たんさん」]の手がふられ、いっせいにさけぶ声が耳をうったのです。
「ローレンスさんから御返事よ!」
 ベスは胸をとどろかせながら、いそいで帰って来ました。すると、姉妹たちは扉口のところに待っていて、ベスをつかまえ、わいわいいいながらかついで、客間へつれていきました。
「ほれ、あれよ!」と、みんなが、ゆびさすほうを見たとき、ベスはうれしいのと、おどろいたのとで、まっさおな顔色になりました。ああ、そこには、小さなキャビネット・ピアノがおいてあって、ぴかぴかしたふたの上に「エリザベス・マーチさん」にあてた手紙がのっていました。
「あたしに?」と、ベスはジョウにつかまり、たおれそうな気がしながら、あえぐようにいいました。ジョウは、手紙をわたしながら、
「そう、あんたによ、いい方ね、世の中で一ばんいいおじいさんね、かぎも手紙のなかにあるわ。」といいました。
「読んでちょうだい、わたし読めないわ。へんな気がして、ああ、とてもすてき!」と、ベスはそのおくりものに、すっかりどぎもをぬかれてしまって、ジョウのエプロンに顔をかくしました。ジョウは、手紙を開きましたが、最初の言葉を見て笑い出しました。そこには、
「マーチさん、親愛なるおくさん」と、書いてあったからです。
「まあいいこと! あたしにも、だれかがそんなふうに書いて手紙くれるといいわ。」と、エミイがいいました。エミイは、こういうむかし風の書き出しは、たいそう上品のように思われました。
「小生これまでに、かず多くスリッパを使用いたし候が、あなたよりおくられしスリッパのごとく、小生に似合うものこれなく、三色すみれ、すなわち心を安める花は、小生の愛する花にて、やさしきおくり主を常に思い起させてくれるものと存じ候。よって小生は小生の負債をはらいたく、なにとぞこの老紳士の小さき孫のものたりし、あるものを、あなたにおくることをお許し願い上げ候。心よりの感謝と祝福をこめて、あなたのよろこんでいる友だちでもあり、いやしき召使の、ジェームス・ローレンス。」
「ねえ、ベス、あなた、じまんしてもいいわ! ローリイが話しだけど、おじいさん[#「おじいさん」は底本では「おじいささん」]は、亡くなったお孫さんがすきで、そのお孫さんのものはちゃんとしまっておおきになるんですって。そのピアノを、あなたに下すったのよ。大きな青い目をして、音楽が好きなためよ。」
 ジョウは、そういって、今までに見たことがないほど、たかぶって、ふるえているベスを、おちつけようとしました。すると、メグも、
「ごらんなさい。このローソク立て、まんなかに金のばらのあるみどり色の絹のおおい、きれいな楽譜かけに、腰かけと、みんなそろってるわ。」と、楽器を開けて、そのきれいなものを見せながらいいました。
 そのとき、
「さあ、ひいてごらんなさいまし、かわいいピアノの音を聞かして下さい。」と、家族のよろこびにもかなしみにも、いつでも仲間入りする女中のハンナがいいました。
 そこで、ベスがひきました。みんなは口をそろえて、こんないい音は聞いたことがないといいました。それは、あたらしく調律されて、調子がととのっていました。ああ、なんというすばらしい音色だったでしょう。
「おじいさんとこへいって、お礼をいわなくちゃいけないわ。」と、ジョウが、じょうだんのつもりでいいました。むろん、はにかみ屋のベスが、ほんとにいくとは[#「とは」は底本では「とほ」]思わなかったからですが、ベスは、
「ええ、いくわ、今すぐ」と、いって、庭におり、生垣をくぐり、ローレンス邸の扉を開けてはいっていきました。これには、みんなは、あきれてしまいましたが、ベスがそれからどうしたかを知れば、もっとおどろいたにちがいありません。というのは、ベスは書斎の扉をたたき、おはいりという声を聞くと、はいっていき、おどろくローレンスさんのそばへ立ち、手をさし出しながら、
「あたし、お礼を申しに来ました。」と、いいましたが、やさしい老人の目につきあたって、もうあとの言葉が出なくなり、いきなり、老人の首にだきついて、じぶんの唇をあてました。
 老人は、たとい、屋根がふいにふきとばされても、もっとおどろきはしないでしょう。老人は、すっかりおどろきましたが、それがうれしく、そのかわいい唇づけで、いつものふきげんは消えうせてしまいました。老人は、ベスをじぶんのひざの上にのせて、そのしわだらけのほおを、ベスのばら色のほおに
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