るだけでした。
けれど、ローレンスのりっぱな家はなんとなくさびしく、ここにおじいさんと、ただ二人で住むぼっちゃんに友だちもありませんでした。ジョウは考えました。「[#「「」は底本では欠落]かわいそうに、少年の心のわからないおじいさんから、お部屋にとじこめられているんだわ。ローリイには、にぎやかな、わかわかしい遊び相手がいるんだわ。」
ジョウはなんとかして、ぼっちゃんを誘い出そうと、冒険をもくろんでいると、ローレンス老人が馬車で出かけました。すてき、すてき、ぼっちゃん一人ならと、生垣のところまで道をつけていくと下の窓にはカーテンがおりていて、召使の姿も見えませんが、上の窓には、やせた手と、ちぢれた髪の黒い頭が見えました。
「かわいそうに、病気でねているんだわ。こんなさびしい日に。」
ジョウは、一かたまりの雪を窓を目がけてなげました。黒い頭がすぐにふりむき、大きな目がいきいきとかがやきました。
「いかが、御病気なの?」
ローリイは、窓を開けてしゃがれ声で答えました。
「ありがとう。いくらかいいんです。ひどいかぜをひいて、一週間ねちゃいました。」
「まあ、お気のどく、なにして遊んでいらっしゃるの?」
「なにもしてません。家はお墓みたい。」
「本は読まないの?」
「あんまり読みません。読ませてくれないんですもの。」
「だれにも読んでいただけないの?」
「おじいさんに、ときどき。でもぼくの本はおじいさんにおもしろくないし、ブルック先生に頼むのは、いつだっていやだし。」
「じゃ、お見舞に来る人もいないの?」
「いないんです。男の子はがやがやさわぐし、ぼくは頭がよわってるんです。」
「女の子はいないの、本を読んだりなぐさめてくれる女の子は? 女の子は静かだし、看護婦ごっこすきよ。」
「そんな女の子知りませんもの。」
「あんた、あたしを知ってる?」
ジョウが笑うと、ローリイがさけびました。
「知ってる! あんた来てくれる?」
「ええ、あたしは、おとなしくも、やさしくもないけど、おかあさんがいいとおっしゃったらいくわ。」
ジョウは、ほうきをかついで家へ帰りました。そのあいだに、ローリイはお客を迎えるために、髪にブラシをかけ、あたらしいカラをつけ、五六人の召使たちに部屋をかたづけさせました。やがて、ジョウが玄関にたちベルをおしました。ローリイは、こころよくジョウを迎えました。
ジョウは、親切のあふれた顔をして、片手にはおおいをした皿をもち、片手にはベスの三匹の子ねこをだいてあらわれました。
「おじゃまにあがりました。荷物までしょって、おかあさんがよろしくって。メグはお手製の白ジェリイをお見舞ですって。おいしいんですよ。それから、ベスはねこをおなぐさみにつれていくようにって。お笑いになるでしょうが、ことわりきれなくて。」
ローリイは、ねこを見て笑い、はにかみを忘れ、すぐにうちとけました。ジョウが、皿のおおいをとると、緑の葉のわと、エミイの秘蔵のジェラニュームの赤い花をそえた白ジェリイがあらわれました。
「ああ、きれいだ、食べるのがおしい。」
「たいしたものではないの。ただ、みんながお目にかけたかっただけ。でも、あっさりしてるからめしあがれてよ。それにやわらかいから、のどが痛くても、するっとはいってしまうわ。それはそうとこの部屋なんて気持がいいんでしょう。」
「女中が女中なので、片づいていなくて。」
「じゃ、あたし二分間で片づけてあげるわ。」
ジョウは、てきぱきとはたらきました。部屋の感じが一変したので、ローリイは満足してお礼をいいました。
「さあ、今度はぼくがお客さまをよろこばせなくちゃ。」
「いいえ、あたしはあなたをなぐさめに来たのよ。なにか本を読んであげましょうか?」
「ありがとう、でもそこにある本、みんな読んでしまったんです。だから、あなたさえよかったら、お話のほうがいいんだけど。」
「いいですとも、一日だって話すわ。ベスはあたしがおしゃべりをはじめたら、いつやめるかわからないなんていうのよ。」
「ベスさんというのは、ときどき小さなバスケットをもって出ていく、あかい顔の。」
「ええ、いい子ですわ。」
「すると、あの美しいかたがメグさんで、まき毛のかたがエミさんですね?」
「どうしてごぞんじ、そんなによく。」
ローリイは、さっと顔をあかめました。
「だって、ここにいると。たのしそうなみなさんがよく見えるんですもの、夜、カーテンを閉め忘れた窓ごしに、おかあさんをかこんで、いらっしゃるところも見えます。おかあさんのお顔は、やさしく花のようです。ああ、だけど、ぼくには母はいない。」
母の愛にうえた少年の目は、ジョウのあたたかい胸をうごかしました。すなおなジョウは、じぶんが、いかにゆたかな家庭の愛に恵まれているかを感じたので、よろこんでそれを病気のさびしいかれに、分けあたえたいと思いました。
「では、カーテンをおろさずにお好きなだけ見せてあげます。いいえ、それより家へいらっしゃい。おかあさんはいい人よ、ごちそうたくさんして下さるわ。ベスは歌をうたい。エミイはダンスをする。メグとあたしはおかしなお芝居の道具を見せて笑わしてあげるわ。そうして、みんなでおもしろく遊ぶのよ。でも、おじいさん来させて下さる?」
「あなたのおかあさんが頼んで下さればね。おじいさんは親切で、ぼくのすきなことをさせてくれます。」
ローリイは、マーチ家の人たちのことについてたくさんの興味をもち、ジョウの口から姉妹たちのことを聞いてうれしそうでした。ことに、ジョウが、せっかちの、気むずかしいおばさんの世話をしにいく話をおもしろがって、そのおばさんのところへ気どった老紳士が結婚申込に来たとき、むく犬がその紳士のかつらをひっぱって、はげ頭がむき出しになった話では、ころげまわって、涙が出るほど笑ったので、女中がおどろいて、のぞきに来たくらいでした。
ジョウは、話が成功したのでとくいになって、家のお芝居のこと、いろんな計画のこと、おとうさんのこと、その希望や心配、家のなかの一ばんおもしろいことなど、のこらず話しました。それから本の話になりましたが、ジョウはローリイがやはり本ずきで、じぶんよりもたくさん読んでいるのをうれしく思いました。
「そんなに本がすきなら[#「すきなら」は底本では「すきなち」]、おじいさんの文庫へいきましょう。」
文庫は、ジョウをよろこばせました。ずらりとならんだ本のほかに、絵や彫刻や古い品物のはいったたんすがあり、ゆったりしたイスがそなえてありました。ジョウは、そのビロウド張りのイスに腰をかけて、
「まあ、りっぱだ! あなたは、一ばんこの世でしあわせなぼっちゃんですよ!」と、いいましたがそのときベルが鳴りました。あ、おじいさんだと、はっと、しましたが、まもなく女中が来て、お医者さんが来たといい、ローリイは診察してもらいに出ていきました。ジョウは、ほっとして、文庫のなかを見物しましたが、老紳士のりっぱな肖像画の前に足をとめてながめました。そのとき、扉が開いたけれど、ジョウはふり返ってもみずに、
「この人、親切そうな目をしていらっしゃるから、あたしもうこわくないわ。でも口もとはきつそうだし、とても意地っぱりみたいね。うちのおじいさんほど、きれいではないけど、あたし好きだわ。」
すると、うしろで声がしました。
「どうも、ありがとう。」
ふりかえると、ローレンス老人が立っていたので、ジョウはちぢみあがりました。顔はあかくなり動悸がうちます。逃げ出すのに卑怯だし、ふみとどまることにしたものの、ほんものの老人の目は、肖像画の目よりも、もっとやさしかったので、そんなにこわくなくなりました。
「そうすると、あなたは、わたしがこわくないのかね?」
「そんなに。」
「あなたのおじいさんほど、きれいではないというのだね?」
「ええ、きれいではありませんわ。」
「わしは、意地っぱりかね?」
「そう思います。」
「それだのに、わしが好きだって?」
「ええ、好きです。」
この答えが老人をよろこばせました。老人はジョウの手をにぎり、その顔をのぞきこんで、
「顔はにていなくても、あなたは、りっぱなおじいさんの性質をうけついでいる。おじいさんは勇気があり正直だった。わたしは、あのかたと、友だちであったことを誇りに思っていますわい。」
「ありがとうございます。」
ジョウは、気がらくになりました。
「あなたは、家の子と、なにをしていなさったのかね? ええ?」
「近所づきあいをしようとしただけです。」
「あなたは、あの子を元気づける必要があるとお考えかね?」
「ええ、すこしさびしそうですもの。わかいお友だちがあるといいでしょう。わたしたち、女ですけど、お役にたちたいと思います。あなたのとどけて下さったりっぱなクリスマスのプレゼントを、とてもありがたく思っていますのよ。」
「いや、あれはあの子の考えたことじゃ。ところで、あの気のどくな婦人はどうしたな?」
「らくに暮していますわ。」
「そうか、おかあさんのやり口は、いつも貧乏な人たちを恵んだおじいさんのやり口とおなじだ。いつか天気のいい日に、おかあさんをお訪ねしたいといっておいて下され。ほら、お茶のベルだ。さあいっしょにお茶をのんで、近所づきあいをしてもらおう。」
ローレンス老人は、礼儀正しくジョウにうでをさし出し、二人はうでをくんで階段をおりていきました。すると、そこへローリイが帰って来て、そのありさまを見てびっくりしました。まったく、これは考えることもできないことでした。
老人は、四はいのお茶をのむ間、あまりしゃべりませんでした。老人は、ローリイがジョウと快活にしゃべって、顔が今日にかぎって、あかくいきいきしているのを見まもっていたからです。
「ふむ、この娘のいうとおり、孫はさびしいのだ。今日、孫はかわった。よし、この家の娘たちが、孫をどうするか見ていよう。」
老人も、ほんとは気さくで、こだわりがない人だったのです。だから、孫のことも理解することができました。お茶がすむと、ジョウは帰るといい出しましたが、ローリイはひきとめて、ジョウを温室へつれていき、りょう手にもてないほど、美しい花をたくさん切って、
「これ、おかあさんにあげて下さい。そして、おとどけ下すったお薬、とても気にいりましたとおっしゃって下さい。」
客間へ帰ったとき、老人は炉の前に立っていました。ジョウの目は、そこにあるグランド・ピアノにすいつけられました。
「あなた、ひくの?」
「ときどき」と、ローリイは、ひかえ目に答えました。
「今、ひいてちょうだい。帰ったらベスに話してやりたいから、聞いていきたいの。」
「あなた、さきにひかない?」
「あたしだめなの。音楽はすきだけれど。」
ローリイがひきました。ジョウは花たばに鼻をおしつけながら、耳をすましました、ローリイが、じょうずなのに、ちっとも気どらないので尊敬をよせました。ひきおわってから、あまりほめたのでローリイはまっかな顔をしました。
「いや、ほめるのはもうたくさん。この子の音楽はまずくはないが、もっとほかのだいじなことに、身をいれてもらいたいのじゃ。ああ、もうお帰りか。ありがとう、またお出で、おかあさんによろしく。では、さよなら、お医者のジョウさん。」
老人の握手はかたかったが、なにか気にいらないようすでした。あとで、ローリイにたずねたら、ぼくがピアノをひいたからだといいました。なぜというと、いつか話すといいました。ローリイは、
「また、来てね。」と、名残りおしそうでした。
「あなたが、よくなったら、家へ来るという約束をすれば。」
「ええ、いきます。」
ジョウが帰って来て、のこらず報告すると、みんなもおしかけたくなりました。マーチ夫人は、おとうさんのことを忘れないでいる老人と話したかったし、メグは温室が歩きたかったし、ベスはグランド・ピアノに心ひかれ、エミイはりっぱな絵や彫刻が見たかったのです。
「おかあさん。ローレンスさんは、なぜローリイさんがピアノをひくのをきらうのでしょう?
前へ
次へ
全27ページ中6ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
水谷 まさる の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング