すりよせ、まるでじぶんのかわいい孫娘が、生きかえって来たような気持になりました。ベスは、[#「、」は底本では「。」]そのときから、もう老人をこわがらなくなりました。そして、まるで生れたときから、ずっと知っている人に話すように、やすらかな気持で話しました。なぜなら、愛はおそれをおいのけ、感謝は誇りをおしつぶすからです、ベスが家へ帰るとき、老人は門まで送り、あたたかい握手をしてくれました。そして、いかにもりっぱな軍人らしく帽子に手をかけて、敬礼をし、堂々とひきかえしていきました。
姉妹たちは、そのありさまを見て、おどろくとともに、うれしくてたまりません。ジョウは、じぶんの満足をあらわすために、おどりあがってダンスをはじめ、エミイはびっくりして、窓からころげおちそうになり、メグは手をあげて叫びました。
「まあ、この世の中は、とうとうおしまいが来たようね!」
第七 はずかしめの谷
ある日、ローリイが馬にのって、家の前をむちをふって通りすぎるのを見て、エミイがいいました。
「ローリイさんが、あの馬につかうお金のうち、ほんのすこしでもほしいわ。」
メグが、なぜお金がいるのか尋ねますと、
「だって、わたしたくさんお金がいるの、借りがあるんですもの、お小遣は、あと一月もしないともらえないし。」
「借りがあるって? なんのこと?」
メグは、まじめな顔になりました。
「塩漬のライム、すくなくっても、一ダースは借りがあるの。それに、おかあさんは、お店からつけ[#「つけ」に傍点]でもって来るのいけないとおっしゃるし。」
「すっかり話してごらんなさいよ。」
「今ライムがはやっているの?」
「ええ、みんなライム買うわ。メグさんだって、けちだと思われたくなかったら、きっと買うわ。そして、みんな教室で机のなかにかくしておいてしゃぶるの。お休み時間には、鉛筆だの、ガラス玉だの、[#「、」は底本では「。」]紙人形やなにかと、とりかえっこするの。また、好きな子にはあげるし、きらいな人の前では見せびらかして食べるの。みんなかわりばんこにごちそうするの、あたしも、たびたびごちそうになったわ。それをまだお返ししてないの、どうしてもお返ししなければねえ、だってお返ししなければ顔がつぶれてしまうわ。」
「お返しするのに、どのくらいいるの?」
メグは、財布をとり出しながら尋ねました。
「二十五銭でたりますわ。あまったぶんで、おねえさんにも、ごちそうできますわ、ライムお好き?」
「あまり好きじゃないわ。あたしのぶんもあげます。では、お金、できるだけ長く使うのよ、ねえさんだって、もうそんなにないんですから。」
「ありがとう。お小遣のあるの、いい気持ねえ、みんなにごちそうしてあげるわ、わたしこの週は、まだ一度もライム食べないわ。ほんとは食べたいけど、お返しできないのに、一つでもいただくの気がひけるわ。」
つぎの日、エミイはいつもよりすこし[#「すこし」は底本では「すこ」]おそく学校へ行きました。けれど、しめった、とび色の紙づつみを机のおくにしまう前に、みんなに見せびらかしてしまいました。すると、それから五分とたたぬうちに、エミイが二十四のおいしいライム(エミイはその一つを学校へ来る途中で食べました。)をもっていて、それを大ぶるまいするといううわさが、たちまち仲間につたわり、お友だちの、エミイへのおせじは、ものすごいものとなりました。ケティはつぎの宴会によぶといいましたし、キングスレイは、つぎのお休み時間まで、時計を貸してあげるといいましたし、ライムをもっていないといって、エミイをあざけったことのあるスノーという、いじわるの子もたちまち好意をよせて、エミイの得意でない算数を教えてやるといいました。けれど、エミイは、スノーのいったわる口を忘れてはいけませんでした。それで、きゅうにそんな親切はむだよ、あなたにあげないという、電報を発して、スノーの希望をぺしゃんこにしてしまいました。
ところが、ちょうどその日、ある名士が学校へ参観に来ました。そして、エミイのかいた地図がおほめにあずかりました。その名誉にエミイは得意になり、スノーははげしい苦しみを味わいました。そこで、名士が教室から出ていくと、重要な質問でもするようなふうをして、デビス先生のそばへいき、エミイがライムを机のなかにかくしていることを告げました。
デビス先生は、きびしい先生で、チュウインガムのはやったときも、とうとうやめさせてしまいましたし、小説や新聞をもって来ると、とりあげてしまいました。生徒が手紙をやりとりすることもよさせました。ですから、ライムがはやりだすと、ライムをもって来てはいけない、もしもって来た者を見つけたらむちでうつと、おごそかにいわたしたのです。それは、つい一週間ほど前のことでした。
それに、この日、先生はたしかにきげんがわるかったのです。それで、スノーの告げたライムという言葉は、まるで火薬に火をもっていったようなものでした。
「みなさん、しずかに! エミイ・マーチ、机のなかのライムをもってここへ来なさい!」
となりにいた生徒が、ささやきました。
「みんなもっていくことないわ。」
そこで、エミイはす早く半ダースほどを、つつみからふり落して、先生のところへもっていきました。先生は、このライムのにおいが大きらいでしたから、顔をしかめて、
「これで、みんなですか?」
「いいえ。」と、エミイは口ごもりました。
「のこりをもって来なさい。」
エミイは、じぶんの席へ帰り、いわれたとおりにしました。
「たしかに、もうのこっていませんか?」
「うそ、いいません。」
「よろしい、それでは、このきたならしいものを、二つずつもっていって、窓からすててしまいなさい。」
このはずかしめに、顔をあかくして、エミイは六度も窓へ往復しました。ライムがすてられると、窓の下の往来から子供たちのよろこびの声が起りました。みんなは、その声を聞いて、ライムをおしみ、無情な先生をにくみました。エミイが、すっかりライムをすててしまうと、えへんと、せきばらいをして、きびしい顔つきでいいました。
「みなさんは、一週間ほど前に[#「前に」は底本では「前た」]、わたしがいい聞かせたことをおぼえているはずです。ところがこうしたことが起って、まことにざんねんです。わたしはじぶんのつくった規則をまもります。さ、マーチ、手を出しなさい。」
エミイは、びっくりして、りょう手をうしろへまわし、かなしそうな、許しを乞うような目をしました。エミイは、先生のお気にいっていた生徒の一人でしたし、その嘆願の目つきは言葉よりもつよく、先生の心を動かしたようでしたが、だれかが[#「だれかが」は底本では「だれかがだ」]、ちぇっ! [#空白は底本では欠落]と、舌うちする音がしたので、かんしゃくもちの先生は、エミイを許すことなんか、考えようともせず、
「手を出して、さあ!」と、宣告[#「宣告」は底本では「宜告」]をしてしまいました。
エミイは、自尊心のつよい子でしたから、泣いたりあやまったりするようなことはなく、頭をもたげひるむことなく、その手がはげしく五六度うたれるままに、まかしていました。けれど、人からうたれるのは、これがはじめてで、そのはずかしめは、エミイにとっては、先生からなぐりたおされたほどにも感じました。
「休み時間まで教壇の上に立っていなさい。」
デビス先生は、どこまでも、ばつを加えるつもりでした。
これもエミイにとって、たまらないはずかしめでした。けれど、それをやらなければなりません。エミイは、その場にたおれそうになる足をふみしめて、その不名誉の場所に立ち、まっさおな顔をして立ちつづけました。一時間ほどにも思われる十五分がすぎ、先生が、
「休め、もうよろしい、エミイ」と、いったときには、もううたれた手の痛みを忘れ、うれしくてたまりませんでした。エミイは、だれにも口をきかず、ひかえ室へいき、じぶんのものをひっつかんで二度と来るものかと、怒りの言葉をもらして、立ち去りました。
エミイが、家へ帰ったとき、すっかりしょ気ていました。やがて、ねえさんたちが帰ってきました。ねえさんたちは話を聞いてすっかりふんがいしました。
メグは、エミイのはずかしめられた手を、リスリンと涙で洗ってやり、ジョウは、すぐにデビス先生をしばりあげろといいました。ベスは、じぶんのかわいいねこも、こんなときのエミイにはなぐさめにならないと、思いました。ハンナは、わる者めと、いって、げんこをふりあげ、夜の食事のじゃがいもが、わる者ででもあるように、すりこ木でつぶしました。ただ、おかあさんだけは、あまり口もきかず、心をいためていたようでしたが、エミイをやさしくなぐさめました。
エミイが逃げて帰ったことは、親しい友だちのほか、だれも気がつきませんでした。けれど、よく気のつく生徒たちは、デビス先生が、その日の午後からたいへんやさしくなり、それでいていつになくびくびくしているのに気がつきました。ちょうど授業のおわるころ、こわい顔をしたジョウが来て先生に母の手紙をわたしました。
[#空白は底本では欠落]それから、のこっていたエミイのもちものを一まとめにまとめると、それをもって帰っていきました。
その晩、おかあさんがいいました。
「エミイ、退学させました。むちでぶつことには賛成できません。デビス先生の教育方針にも感心できないし、友だちもためにならないようです。けれど、ほかの学校へかわることは、おとうさんにうかがってからでないとできません。だから、まい日、これからベスといっしょに勉強するんです。ただ、あなたがライムを机のなかにいれていたことは、同情できません。規則をやぶったのですから。」
「ね、おかあさんは、あたしがあんなふうに、人の前ではじをかかされたのを、あたり前と思っていらっしゃるんですか?」
「あやまちを改めさせるのに、おかあさんならば、あんなやり方をしません。ただ、あなたは、このごろ、すこしうぬぼれ[#「うぬぼれ」は底本では「うぬばれ」]が強くなっていくようです。なおさなくてはいけません。あなたは、才能もありいい性質ももっているけど、それを見せびらかしてはだいなしです。へりくだるという気持、それがあなたをぐっと美しくするでしょう。」
そのとき、むこうで、ジョウと将棋をさしていたローリイが大声でいいました。
「そのとおり! 音楽のすばらしい才能をもっていながら、じぶんでは気づかずにいる、あるおじょうさんを、ぼくは知っていますが、その人は、ひとりでいるとき、どんなりっぱな音楽を作曲しているのか知らずにいるし、そのことを人からいわれても本気にしません。」
ローリイのそばに立っていたベスが、それを聞いていいました。
「そんなすてきな方とお友だちになりたいわ。きっと、あたしのためになる方よ、あたしなんて、とてもだめ。」
ローリイは、いたずらっ子らしく、
「あなたは知っていますよ。その人は、ほかのだれよりも、あなたのためになっていますよ。」と、いったので、ベスは顔をあからめ[#「あからめ」は底本では「あかめ」]、はずかしがってクッションに顔をうめました。
ジョウは、ベスをほめてもらったお返しに、ローリイに勝をゆずりました。ベスはほめられてからは、いくらすすめられても、ピアノをひこうとしませんでした。ローリイは、いいきげんで、たのしそうにうたいました。
ローリイが帰って[#「帰って」は底本では「帰てっ」]いってから、エミイは、
「ローリイは、なんでもできる方なの?」と、いうと、おかあさんが、
「教育もあり、天分もあるから、かわいがられて、増長しなければ、りっぱな方におなりでしょう。」と、答えました。
「うぬぼれたりなさらないでしょう?」と、エミイが尋ねました。
「ちっとも。だから人をひきつけるのよ。」
「たしかに、気どらないのは、りっぱなことだわ。」と、エミイはしみじみいいました。
「教養とか才能は、へりくだっていても、あらわれて来ます。見せ
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