ゆびにはめて下さいました。そして、お前はわたしのほこりになるほどいい子だから、そばへおきたいとおっしゃいました。これはめてても、よろしいでしょうか?」
「美しいですね、でもまだ小さいんだから、すこし早すぎるように思えますね。」
「虚栄心を起さないようにします。ただ美しいからはめたい[#「はめたい」は底本では「ほめたい」]のではなく、あることを思い出すためですの。」
「マーチおばさんのこと?」
「いいえ、利己主義になってはいけないということ[#「いうこと」は底本では「うとこ」]。」
 おかあさんは、エミイのまじめは顔つきを見て笑うのをやめました。
「あたし、このごろ、じぶんのわるいお荷物のなかで、利己主義が一ばんいけないと思いました。ベスねえさんは利己主義でないから、あんなにかわいがられ、なくなると思うと、みんなはあんなに心配するんですわ。あたしベスのようになりたいんです。それで、これをはめてみたらと思うんです。」
「よござんすよ、だけど、戸だなのすみのほうが、もっといいでしょう。よくなろうとまじめに考えたら、半分やりとげたようなものです。では、おかあさんはベスのところへ帰ります。元気でいなさいね。すぐに迎えに来ますからね。」
 その晩、メグが安着の知らせる手紙をおとうさんへ書いているとき、ジョウは二階のベスの部屋にそっといきましたが、おかあさんを見るとたちどまり、なにか心配そうなようすで、ゆびで髪をかきました。
「どうしたの?」と、おかあさんが手をさしのべてやりながら、尋ねました。
「お話したいことがありますのよ。」
「メグのことですか?」
「まあ、おかあさんの察しの早いこと! そうなんです。あたし気になるもので。」
「ベスがねむってますから、小さい声でね。あの、まさかマフォットが来たのではないでしょうね?」
「あんな人来たら門前ばらいくわせてやりますわ。」と、ジョウはおかあさんの足もとにすわりながらいいました。「この夏ね、メグねえさんがローレンス家へ手袋を忘れて来たんです。片方もどって来ましたが、ローリイが片方をブルックさんが持っているといってくれるまで、あたしたちそんなことを忘れていたんですの。あの方それをチョッキのかくしにいれていて、それを落したのをローリイが見つけてかかったんです。そうしたら、メグは好きだけど、まだ年はわかいし、じぶんは貧乏だからいい出せないって白状なさったそうです。こと重大ではないでしょうか?」
「メグはあのかたを好いていると思いますか?」
「まあ! 恋とかなんとか、そんなくだらないこと、あたしわかりませんわ。小説だといろいろ人目にたつ変化があるわけですが、メグにはちっともそんなことはなく、食べたり飲んだり、ふつうの人のように夜もよくねむりますわ。あのかたのこと、あたしがいっても、あたしの顔をまともに見ますし、ローリイが恋人なんかのじょう談をいっても、すこし顔をあかくするだけです。」
「それでは、メグがジョンさんに興味を持っていないとお思いなのね?」
「だれに?」と、ジョウはびっくりしました。
「ブルックさんのこと。かあさんはあの人のこと、このごろジョンさんといってるんです。病院でそんなふうによぶようになったもので。」
「まあ、そう、おかあさんはあの人のこと、味方するでしょう。あの人はおとうさんに親切にしたんだし、もしメグさんが結婚したいといえば、おかあさんはあの人をしりぞけないでしょう。ああ、いやしい! おとうさんのお世話をして、おかあさんにとりいって、じぶんを好きにさせるなんて。」とジョウはまたいらだたしそうに髪をかきむしりました。
「まあ、そんなに怒らないでね、どういう事情か話してあげます。ジョンさんは、ローレンスさんに頼まれて、かあさんといっしょにいって、つききりで看病して下すったので、あたしたちは好きにならずにはいられませんでした。あのかたはメグについては公正明大で、メグを愛しているが、結婚を求める前にたのしく暮せる家を持てるように稼いでおきたいとおっしゃるんです。あのかたは、メグを愛し、メグのためにはたらくことを許してほしい。そして、もしメグにじぶんを愛させるようになったら、その権利を許してほしいとおっしゃった。あのかたは、りっぱな青年です。かあさんたちはあのかたのいうことに耳をかたむけずにはいられませんでした。けれど、メグがあんなにわかくて婚約するのは不承知です。」
「もちろんですわ。そんなばかな話。なにかわるいこと起ってると思ってました。これじゃ予想していたよりもっとわるいわ。いっそのこと、あたしがメグと結婚して家庭のなかに安全にしておきたいわ。」
 このおかしな考えに、おかあさんはほほえみました。けれど、またまじめな顔になって、
「あなたには、うち明けましたが、メグにはいわないで下さい。ジョンが帰って来て、二人があうようになったら、メグの気持がもっとはっきりわかると思いますからね。」
「おねえさんは、とても感じやすいから、あの人の美しい目を見たら、一たまりもありませんわ。すぐに恋におちてしまって、家の平和もたのしみもおしまいになります。ああ、いやだ。ブルックさんはお金をかきあつめて、おねえさんをつれていき、家に穴をあけてしまいます。あたしつまらない。なぜあたしたちは、みんな男の子に生れなかったんでしょう。」
 ジョウは、いかにもおもしろくないというようなようすをして、言葉をつづけました。
「おかあさん[#「おかあさん」は底本では「おかあん」]も、あんな人おっぱらって、メグには一言もいわないで、今までのようにみんなでおもしろくしましょうよ。」
「ジョウ、あなたがたは、おそかれ[#「おそかれ」は底本では「おれかれ」]早かれ、家庭を持つことが、しぜんな正しいことです。でも、かあさんはできるだけ長く、娘たちを手もとにおきたいから、この話があんまり早く起ったのを悲しく思います。メグは十七になったばかりだし、おとうさんもあたしも、二十までは約束も結婚もさせないことにしました。もしたがいに愛し合うなら、それまで待てるでしょうし、待っているあいだに、その愛がほんものかどうかもわかります。」
「おかあさん、おねえさんをお金持と結婚させたほうがいいと思いませんか?」
「かあさんは、娘たちを財産家にしたいとか、上流社会へ出したいとか、名をあげさせたいとか考えません。身分やお金があるかたが、真実の愛と美徳を持っていて、迎えて下さるならよろこんでお受けもしましょうが、今までの経験からいえば、質素な小さな家に住んで、日日のパンをかせぎ、いくらか不足がちの暮しのほうが、かずすくないよろこびをたのしいものにしてくれるものです。かあさんは、メグがじみな道をふみ出すのを満足に思います。メグは、夫の愛情をしっかりとつかんでいける素質があって、それは財産よりももっといいものです。」
「おかあさん、よくわかりました。あたしはメグをローリイと結婚させて、一生らくにさせてあげようと、計画していたんです。」
「ローリイは、メグより年下です。」
「そんなこと[#「こと」は底本では「と」]かまうもんですか、あの人は、年よりふけているし、せも高いし、それで、金持で、親切で……」
「だけど、かあさんは、メグにふさわしいほどローリイが大人とは思いません。そんなこと計画するものではありません。」
「では、よします。人間は、頭にアイロンでものせておけば、大人にならないものならいいけど、つぼみは花になるし、子ねこはおやねこになるし、ああ、つまらない。」
 そこへ、書きあげた手紙を持って、メグがそっとはいってきました。
「アイロンとねこが、どうしたの?」
「つまらない、おしゃべりをしてたの。あたし、もうねるわ。いらっしゃいな。」
 おかあさんは、手紙に目をとおして、
「けっこうです。きれいに書けました。ジョンによろしくって、かあさんがいってると、書きそえて下さい。」
「あのかたのこと、ジョンとおよびになりますの?」と、メグはにこにこして尋ねました。
「そうです。あのかたは、家の息子みたいな気がします。あたしたちは、あのかたが、とても気にいりましたよ。」
「そう聞いて、うれしいと思いますわ。あの人、さびしいかたです。おかあさん、おやすみなさいませ。おかあさんが家にいて下さると、口でいえないほど安心ですわ。」
 おかあさんが、メグにあたえたキッスは、やさしく、メグが出ていくと、つぶやきました。
「まだジョンを愛していないけど、まもなく愛するようになるでしょう。」

          第二十一 ローリイのいたずら

 あくる日、ジョウはむずかしい顔をしていました。れいの秘密が心の重荷になったのです。メグはわざと尋ねないで、一人でおかあさんの世話をしました。そして、おかあさんは、ジョウに、あなたは永いあいだ家にとじこもっていたから、外へいって思いきり運動でもしなさいといいました。そこで、ジョウは、ローリイのところへ遊びにいきましたが、このいたずら好きの少年は、ジョウがなにか秘密をもっているのをかぎつけて、本音をはかせようとし、なあにすっかり知っているといったりそんなことは聞きたくないといったり、しつこい努力を重ねたすえに、とうとうその秘密がメグとブルック氏に関することだということをたしかめました。そして、ローリイは、じぶんの家庭教師が、その教え子に秘密をうちあけてくれないのを怒り、無視されたその侮辱に、なにかしかえしをしようと思いたちました。
 ところで、メグにかわったようすがありました。メグは、話しかけられるとびっくりしたり、人から見られると顔をあかめたり、なやましそうな顔をして裁縫をしたり、おかあさんが尋ねると、どこもわるくないと答え、ジョウが尋ねると、ほっておいてちょうだいと答えました。
「メグねえさんは、あれを空気のなかで感じたんです。あれって恋のことですよ。そして、どんどん進行していくんです。ふきげんで[#「ふきげんで」は底本では「ふさげんで」]、食慾がなく、夜はねむらないし、「小川の声は銀鈴のようにささやく。」とうたっていたし、ねえ、おかあさん、どうしたらいいんでしょう?」
「待っているほかはありません。親切にしてあげて、おとうさんが帰っていらっしゃれば、なにもかもかたがつきます。」
 そのあくる日、ジョウがれいの郵便局にはいっていたものを配達して、
「メグねえさんのところへお手紙よ。ローリイ、なんだってこんなにいかめしく封をしたんでしょう?」
 メグは、手紙を読むと、ただならぬ声をあげ、おびえたような顔をしました。おかあさんもジョウもおどろいてしまいました。
「まあ、ひどい、あなたが書いて、あの不良少年が手伝ったのでしょ。よくもあなたは、あたしたち二人に、こんならんぼうな、いやしいまねができたものねえ。」と、メグは、胸がつぶれでもしたように泣きました。
 ジョウは、おかあさんといっしょに、その手紙を読みました。
 最愛のマーガレットへ、
 わたしはもう熱情をおさえることができなくなりました。帰宅する前にじぶんの運命を知りたく思います。まだ御両親には話さないでいますが、わたしたち二人が愛し合っていることがわかれば、御承認下さると思います。ローレンスさまは、必らずわたしを適当なところへお世話下さるでしょう。そのときは、愛する少女よ。わたしを幸福にして下さるでしょう。なお、御家族にはなにごともおもらしなきよう。ただ希望の一言をローリイさんの手をとおしてお送り下さい。あなたにささげたジョンより、
「まあ、まあこのいたずら小僧! あたしがおかあさんとの約束をまもっているしかえしなんだ。いって、うんと怒って、ひきずって来てあやまらせる。」と、ジョウは、かっとなり、すぐにもとび出しそうにしましたが、おかあさんが、ひきとめきつい顔をしていいました。
「ジョウ、お待ち、まずあなたが、じぶんの証をたてなければなりません。あんたは、これに関係ありませんか?」
「いいえ、おかあさん。けっして。あたし今までにこの手紙見たこともなく、なんにも知りませ
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