り馬車にのったりして、たのしい時をすごしました。お昼の御飯を食べてから、おばさんに本を読んで聞かせます。おばさんがねむってしまっても、じっとしてすわっていなければなりませんでした。おばさんは、はじめの一ページでいねむりをやりだし、たいてい一時間はねむりました。それから、夕方まで、つぎはぎ[#「つぎはぎ」は底本では「つぎはば」]仕事などをしなければなりませんでした。夕飯までしばらくのあいだ遊びますが、夕飯をすましてからは、マーチおばさんのわかいときの話やお説教を聞かされたいくつしてしまいます。そして、やっと話がおわると、エミイはねるのですが、つらい身の上を思いきり泣こうと思っても、一二滴の涙しかこぼさないうちに、いつもねむってしまいます。
もしローリイと、エスターばあやがいなかったら、こんなおそろしいまい日を、がまんできないとエミイは思いました。おおむのポーリー[#「ポーリー」は底本では「ローリー」]だけでも、エミイを発狂させるほどでした。ポーリー[#「ポーリー」は底本では「ローリー」]はエミイの髪をひっぱったり、そうじしたばかりのかごに、ミルクをひっくりかえしてこまらしたりしました。また、ふとったむく犬も、エミイの手にかかることばかりやりました。
エスターばあやだけは、エミイをほんとにかわいがってくれました。ばあやはフランス人で、マーチおばさんと長年暮らし、おばさんもこのエスターをいなければならぬ人と思っていました。ばあやは、エミイにフランスにいたころのめずらしいお話を聞かせてたのしませました。また、広い家のなかを勝手に歩きまわらせて、大きな戸だなや、古風なたんすにしまいこんだものを、自由に見させてくれました。なかでも宝石箱には、真珠の首かざりやダイヤの指輪、そのほか、ピンやロケットなどいくつも、目もまばゆいばかりのものがありました。
「もしおばさんが遺言なさる場合、あなたはどれがほしいと思いますか?」と、そばについていて、かぎをおろすエスターが尋ねました。
「あたし、ダイヤモンドが一ばん好き。だけど、ダイヤモンドの首かざりはないから、この首かざり」と、エミイは答えて、金と黒たんのじゅ玉でできて、さきに十字架のついた首かざりに見とれました。
「あたしも、これが一ばん好きですが、首かざりにはもったいない。あたしのような旧教の信者はおじゅずに使います。」
「あなた、お祈りするのたのしそうね。」
「ええ、あなたもお祈りなさるといいですよ。化粧室を礼拝堂につくってあげましょう。おばさんがいねむりをなさっているあいだに、じっとすわって、神さまにおねえさんをおまもり下さるように、お祈りあそばせ。」
エミイは、その思いつきが気にいり、礼拝堂をつくるように頼みました。
「マーチおばさんがおなくなりになったら、この宝石はどうなるのかしら?」
「あなたと、おねえさんたちのところへいくのですよ。遺言状を見ました。あたしは。」
「まあ、うれしい。今、下さればいいのに。」
「今は早すぎます。はじめに結婚なさるかたに真珠、それから、あなたがお帰りになるときには、トルコ玉の指輪、おくさまはあなたが、お行儀がいいといって、ほめていらっしゃいました。」
「ほんと? あの美しい指輪がいただけるの。まあ、うれしい。やっぱりおばさん好き。」と、エミイは、うれしそうな顔をして、それをきっと手にいれようと心をきめました。
その日から、エミイは、おとなしく、なんでもいうことを聞いたので、マーチおばさんはじぶんのしつけが成功したと思って、たいそう満足しました。エスターは、礼拝堂をつくってくれ、聖母の絵をかいてくれました。エミイは、心をこめてここに祈り、ベスの病気をなおし、じぶんを正しく導いて下さるように願いました。
エミイは、善良になるために、マーチおばさんのとこに遺言状をつくろうと思いました。遊び時間に、エスターから法律上の言葉を教えてもらって、じぶんの所持品を公平にわけることを書きました。
エスターは証人となって署名してくれました。エミイは、ローリイに、第二の証人になってもらうつもりでした。ところで、この部屋には、流行おくれの服がいっぱいはいったタンスがあって、エスターはエミイに、それで自由に遊ばせました。その服を着て、長い姿見の前をいったり来たりして、わざとらしくおじぎをしたり、衣ずれの音をさせたりするのが、おもしろくてたのしみでした。
この日は、そんなことを、あまり夢中でやっていたので、ローリイの鳴らしたベルにも気がつかなかったし、そっと来てのぞいたのも知りませんでした。エミイは、青色のドレスと黄色の下着をつけもも色のふちなし帽子をかぶり、扇子を使ってすましてねり歩いたのでした。ローリイが、後でジョウに話したところによると、エミイがそうやって気どって歩いていくあとから、おおむのポーリーがそのまねをして歩き、ときどき立ちどまって、
「きれでしょ、あっちいけ、おばけさん、おだまり、キッスして! ハッ! ハッ!」と、どなりましたが、それはとてもおかしな光景だったということでした。
ローリイは、おかしさのあまり、ふき出しそうになるのを、やっとこらえました。そして、ていねいに迎えられ、これを読んでよと、あの遺言状を見せられました。
遺言状
わたし、エミイ・カーチス・マーチは、正気にて所有物全部を左記の如く分配します。父上には一ばんいい絵、スケッチ、地図、額ぶちづき美術品。
母上には、衣類全部、ただしポケットのある青いエプロンはべつ。それから、わたしの肖像画とメダルを真心こめて。
メグねえさんには、トルコ玉の指輪(もしいただいたら)鳩のついている緑の箱と、首かざりのためのレース、姉上をかいたスケッチ。これは姉上の愛する妹のかたみ。
ジョウねえさんには、一度なおした胸ピンと、青銅のインクつぼ(ふたはおねえさんがなくした)それから、原稿を焼いたおわびに一ばん大切な石膏のうさぎ。
ベス(もしわたしの後まで生きていれば)には、人形、小さなタンス、扇子、麻のカラー、それから病気がよくなり、やせてなければ、新らしいスリッパ、それから、わたしがいつも古ぼけたジョアンナのことをからかったことを、ここで後悔しておきます。
お友だちであり隣人であるローリイには、紙のかばんと、首がないようだとおっしゃったが、粘土細工の馬。つぎに心配のときに親切にして下さったお礼に、わたしの絵のなかで気にいったものさしあげます。ノートルダムが一ばんよくできています。
大恩人ローレンス氏には、ふたに鏡のついた紫の箱、ペンいれによろし。わたしたち一家、ことにベスへの御厚意をありがたく思っていることを思い起させるでしょう。
なかよしのキティ・ブライアントには、青色のエプロンと、金色のじゅず玉の指輪を、キッスとともにあげる。
ハンナには、ほしがっている紙箱と、つぎはぎの細工を全部、わたしを思い出してもらうためです。
わたしの大切な所有品を全部処分せり、みなみな満足して死者を非難せざるよう望む。わたしはすべての人を許し、最後のラッパの鳴りひびくとき、みな再会することを信ず。アーメン、この遺言状は、千八百六十一年十一月二十日、わが手によって認め封印す。
[#地から2字上げ]エミイ・カーティス・マーチ
[#地から6字上げ]証人 エステル・ベルノア
[#地から5字上げ]セオドル・ローレンス
最後の名は鉛筆で書いてありました。エミイはかれにそれをペンで書きなおして、正式に封印してほしいといいました。
「どうしてこんなことを思いついたの? ベス[#「ベス」は底本では「べす」]が形見わけでもするというようなことを、たれから聞いたの?」
エミイは、そのわけを話してから、
「ベスはどうですって?」と、訪ねました。
「いいかけたからいうけど、ベスこのあいだ大へんわるくなって、ジョウにいったの。ピアノはメグに、あなたに小鳥を、かわいそうな古い人形はジョウに。ジョウに人形をかたみとしてかわいがってほしいって。ベスは、あまり人にあげるものないといって悲しがって、ぼくたちには髪を、おじいさんには愛だけをのこすんだって、でもベスは遺言状のことはなんにも考えていなかった。」
ローリイは、そういいながらサインしていると、大きな涙のつぶがおちて来ました。はっとして顔をあげると、エミイの顔には苦痛の色があふれ
「遺言状には、二伸みたいなものをつけていいでしょうか?」
「いいでしょう。追伸というんでしょう。」
「じゃ、書きいれてちょうだい。あたしの髪みんな切ってお友だちに分けるって。へんなかっこうになるけど、そのほうがいいわ。」
ローリイは、エミイの最後の大きな犠牲にほほえみながら書き足し、一時間ほど遊びました。
「ベスは、ほんとに、そんなにわるいの?」
「そうらしいんだ。よくなるように祈ろうねえ、泣いちゃだめですよ。」
ローリイは、にいさんのように、エミイの肩に手をかけてなぐさめました。ローリイが帰ってしまうと、エミイは小さな礼拝堂にはいり、夕ぐれのあかりのなかにさわって、涙を流しながらベスのために祈りました。もし、このやさしい小さい姉をうしなったら、たとえトルコ玉の指輪が百万もらっても、あきらめられないと思われました。
第二十 うち明け話
おかあさんと、娘たちの対面を語る言葉はないようです。こういう世にもうるわしい光景は、描写するにむずかしいものです。そこで、それはいっさい読者のみなさんの想像にまかせておいて、ただここでは、家のなかに真に幸福がみちあふれ、メグのやさしい望みがかなえられて、ベスが永いねむりからさめたとき、その目にうつった最初のものは、小さな白ばらの花と、おかあさんの顔であったということだけを述べておきます。
ベスは、おとろえていたので、まだ気力がなく、ただにっこりと笑って、おかあさんに身をすりよせましたが、また、ひっそりとねむってしまいました。そのあいだに、ハンナのよろこびでつくった朝のすばらしい御飯を、メグとジョウがお給仕しながら、おかあさんがあがりました。あがりながらおかあさんは、おとうさんの容態、ブルック氏が後にのこって看病をしてくれること、帰りの汽車が吹雪でおくれたこと、[#「、」は底本では「。」]ローリイが希望にみちた顔で迎えに出ていてくれたので、つかれと寒さでくたくたになっていたが、口にいえない安心をしたことなどを、ひそひそと話しました。
その日はなんという、ふしぎな気持よい日でしたろう。外はまばゆいばかり、雪に日が照っていましたが、家のなかはおちついて、看病といねむりだけで、安息所みたいでした。ローリイは、エミイにおかあさんの帰ったことを知らせにいきましたが、エミイは一刻も早くあいたいのに、す早く涙をかわかしてその気持をおさえたので、ローリイは一人前の婦人みたいにりっぱな態度だとほめ、マーチおばさんも心から同意しました。そして、エミイは、ローリイに散歩につれていってほしく思いましたが、たいへん疲れているようなので、それもがまんして、ローリイをソファにかけさせて休ませじぶんはおかあさんに手紙を書きました。書きおわってもどってみると、ローリイはぐうぐうねむってしまい、そばにマーチおばさんが、いつになく親切心をあらわして、じっとすわっていました。
ところが、エミイのよろこぶことが起りました。おかあさんが来て下すったのです。おかあさんのひざにすわって苦しかったことをうち明け、それをなぐさめる微笑と愛撫を得たとき、エミイはこの市で一ばん幸福だったでしょう。二人は礼拝堂であいましたが、おかあさんは、エミイのこの思いつきをほめました。
「家へ帰ったら、戸だなのすみに、聖母とあかちゃんの絵をかいてかざるつもりです。イエスさまも前にはこんな小さいあかちゃんだと思うと、そんなに遠くはなれていらっしゃるかたではなく、いつもお助け下さるような気がします。」
おかあさんは、ほほえんでうなずきました。
「ああそうだ。おばさんが、今日キッスしてこれを
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