を、一がいに非難されなかったので、ほっとしていいました。
 みんなは、ジョウの髪について、いろいろ考えました。なんといっても、重大事件でした。食卓をかこんだとき、髪の話でもちきりでした。いろいろ話があったあげく、ジョウがいいました。
「はじめは髪を売るなんて考えなかったのよ、どうしたらいいかと考えながら歩いているうちに、ひょいと床屋の窓を見ると、長いけれど、あたしほどこくない黒髪が、一たば四十ドルなの、とっさにあたしにもお金になるものがあると気がついてはいっていったの。そして、いくらに髪を買って下さるか尋ねたのよ。店の人は、女の子が髪を売りに来たことなんか、あまりないらしく、びっくりしていたけど、あたしの髪の色は、今の流行ではないといって、なるべき安く買おうとするのよ。そこであたしお金のいるわけを話したりして、ぜひぜひといそいだの。そうしたら、おかみさんが聞きつけて出て来て、買って娘さんをよろこばしておあげなさいよ。あたしにも売れるような髪があったら、家のジンミイのためなら売りますよと、とても親切なんでしょ。ジンミイというのは、出征している息子ですって。」
 話がおわると、メグが尋ねました。
「切られるとき、こわいと思わなかった?」
「床屋さんが道具を出しているあいだに、あたし見おさめに、じぶんの髪をながめたわ。でも、あたしめそめそしないわ。でもきってしまったら、腕か足きられたようなへんな気持したわ、おかみさんはあたしがきられた髪をながめているのに気がついて、長い毛を一本ぬいて、しまっておきなさいといってくれたの。おかあさん、記念にこれさしあげます。きったらさっぱりして、あたしもう二度とのばそうと思いません。」
 おかあさんは、その毛をたたみ、おとうさんのみじかい灰色の毛といっしょに、机のなかにしまいました。おかあさんは、ただ、ありがとうといっただけでしたが、娘たちはおかあさんの顔色を見て話をかえ、ブルック氏の親切なことや、明日はよい天気になりそうなことや、おとうさんが帰っていらして、じぶんたちが看病できるたのしさなど、できるだけ元気に話しました。
 だれもねたくないようでしたが、十時をうつと、おかあさんは、さあ、みなさんといいました。ピアノで、おとうさんの一ばん好きな讃美歌をひきました。元気よくうたい出しましたが、一人また一人と声が出なくなり、音楽がいつもなぐさめになるベスだけが、心こめてうたいました。
 讃美歌がおわると、娘たちはおかあさんにキッスして、しずかに床にはいりました。ベスとエミイは、大きな心配ごとがあっても、すぐにねむりましたが、メグはねむれませんでした。ジョウは、身うごきもしなかったので、メグはもういもうとがねむったことと思っていましたが、おさえつけたようなすすり泣きを聞いたので声をかけました。
「ジョウ、おとうさんのことで泣いてるの?」
「今はそうじゃないの、あたしの髪のこと。」
 ジョウは、そういって、なおもはげしく泣きました。メグは、なやめるいもうとにキッスし、その頭をなでました。
「後悔はしていないの。だけど、美しいものをなくしたので、ちょっとばかり泣いただけ。でも、もうすっかりおちついたから、だれにもいわないで。おねえさんは、どうしてねられないの?」
「とても心配なので。」
「たのしいことを考えてごらんなさい。ねむれてよ。」
 話しているうちに、ジョウが大きく笑ったので、メグはおしゃべりをやめようといって、ジョウの髪にカールをかけることを約束し、やがて二人はねむってしまいました。
 時計が、十二時をうち、ひっそりと部屋がしずまったとき、一人の人かげが、娘たちのベッドからベッドを歩き、ふとんにさわったり、枕をなおしたり、ね顔をながめたり、唇にそっとキッスしたり熱いいのりをささげたりしました。
 その人かげが、カーテンをひいて、わびしい夜空を見あげたとき、ふいに黒雲のかげから月があらわれて、あかるい慈悲ぶかい顔のように、その人かげに照りましたが、その顔は、言葉なき言葉で、こうささやいているように思われました。
「心やすくあれ、いとしき魂よ、雲のかげには、いつも光あり。」

          第十六 手紙の花束

 寒い、うすぐらい夜明けに、姉妹たちはランプをつけて、今までにない熱心さで聖書を読みました。その小さな書物には、救いとなぐさめがあふれていました。
 階下へおりていくと、もう仕度はできて、ハンナがいそがしく台所ではたらいていました。おかあさんは、夜ねむらなかったので、ひどくやつれて見えました。心配の多いおかあさんを悲しませないように、旅に送り出すつもりでしたが、おかあさんの顔を見ると、つい涙ぐまずにはいられなくなりました。おかあさんは、食卓についてもあまり食べませんでした。
 馬車の来るまで、みんなはあまり話さずに、おかあさんの身のまわりの用事をしました。おかあさんがいいました。
「おかあさんは、あなたがたを、ハンナとローレンスさんにお願いしていきます。ハンナは心からの律義者ですし、おとなりのあの親切なかたは、あなたがたを、じぶんの娘のように守って下さいます。ですから、すこしもあたしは心配しませんが、ただ、この不幸をよく理解して、留守中、悲しんだり、いらいらしたり、なまけたりせずに、めいめいの仕事をやって下さい、希望をもってはたらきどんなことが起っても、けっしておとうさんを失わないということを覚えていらっしゃい。」
「はい、おかあさん。」
 おかあさんは、なおもこまかく、一人一人の娘に注意をあたえました。
 馬車の音がしたとき、みんなはよくこらえて、悲しみの声をたてる者はありませんでした。ただ、しずかにおかあさんにキッスして、馬車が動き出したら、元気で手をふろうと思いました。
 ローリイとおじいさんが見送りに来てくれました。同行するブルック先生は、いかにも頼もしく見えましたので、巡礼ごっこのなかの案内者グレート・ハート氏という、あだ名を、さっそくつけました。馬車が走り出したとき、いい前ぶれのように、ちょうど日光が見送りのみんなを照らしました。そして、おかあさんが角をまがるとき、最後に目にはいったのは、四つのかがやかしい顔と、そのうしろに護衛のように立っているローレンス老人と、ハンナと、誠実なローリイのすがたでした。
「みなさん、なんて親切にして下さるのでしょう。」と、おかあさんは、ブルック青年の顔にあらわれた尊敬と同情を見ました。
「だれだって、あなたがたに親切にせずにはいられないのです。」と、ブルック先生は、気持よく笑ったので、おかあさんもほほえまずにはいられませんでした。こうして長途の旅行は、日光と微笑と、たのしい言葉の、よい前兆ではじめられました。
「あたし、なんだか地震でもあった後のような気がするわ。」と、おとなりの二人が帰っていってしまうと、ジョウがいいました。
「家が半分なくなってしまったようね。」と、メグがさびしそうにいいそえました。
 そして、娘たちは、勇ましい決心をしていたにかかわらず、その場に泣きくずれてしまいました。ハンナは、気をきかして、そっとしておき、どうやら夕立が晴れもようになったとき、コーヒーわかしを持って来ました。
「さ、おかあさんのおっしゃったとおりにやるんです。コーヒーで元気をつけて。」
 この朝、とくにハンナが腕をふるったおいしいコーヒーに、みんなはすっかり元気づけられ、「せっせとはたらけ、希望をもって」の、標語どおりに、ジョウは、マーチおばさんのところへ、メグはキング家へはたらきにいきました。そして、エミイとベスは、ハンナを助けて家のなかの仕事を、つぎからつぎへ片づけていきました。こうして、まい日、わりに元気にあかるく、なにごともなく過ぎていきました。
 それに、おとうさんのことが、娘たちをたいそうなぐさめました。重態ではありましたが、もっともすぐれた看護婦がつきそうようになってから、その効果はすでにあらわれました。ブルック先生がまい日、容態を知らせてくれるので、その速達を一家の長としてのメグが、読みあげることにしましたが、一週、二週とすぎるにつれて、いよいよ娘たちを元気づけてくれました。
 みんなずいぶんふくらんだ手紙を書いて、ワシントンへ出しました。その手紙のなかから、こっそり披露してみましょう。
 なつかしい、おかあさん。
 先日のお手紙がどんなにあたしたちを幸福にしたか申しあげかねるほどでございます。あまりうれしいお便りなので、読みながら泣いたり笑ったりいたしました。ブルックさまは、なんて御親切なのでございましょう。ローレンスさまの御都合で、そんなに長くいて下さって、おとうさんやおかあさんを、いろいろお世話下さるのは、まことにしあわせでございますね。ジョウは、あたしのぬいもののお手伝いをしてくれます。あの子の「道徳上の発作」が永つづきしないことを知っていなければ、過労にはならぬと心配になるくらいです。ベスは時計のように正しく、じぶんの仕事をしています。エミイは、わたしのいうことをよくきいてくれます。ボタンの穴かがり靴下のつくろい、わたしに教わってよくやります。
 ローレンスさまは、年とったかあさんのにわとりみたいに、ジョウがそう申します。わたしたちの世話をして下さいます。ローリイもたいそう親切にしてくれます。おかあさんが遠くへいらしたのでわたしたちはときどきさびしくて孤児みたいな気もしますが、ローリイとジョウが元気づけてくれます。ハンナは、聖人みたいです。日夜おかあさんのお帰りを待っています。おとうさんにくれぐれもよろしくお伝え下さいませ、おかあさんのメグより。
 においいりの、びんせんに、きれいに書いたこの手紙とちがって、つぎの手紙は、大きなびんせんに書きなぐってあります。
 わたしのたっといおかあさん。
 なつかしき父上のために、ばんざい三唱、おとうさんのよくなられたことを、電報で知らせて下さるブルック先生まことに頼もしきかぎり、電報を見て屋根部屋へかけあがり、わたしたちによくして下さる神さまにお礼を申さんとせしも、ただ大声で、うれしいとくり返し泣きましたのみ。でも、長きいのりとおなじかと存じます。
 わたしどもは、おもしろく暮しています。みんなひどく親切で、山鳩の巣にいるごとし。メグねえさんは、おかあさんらしくふるまい、日に日に美しくなり、いもうとたちは、かわいい天使のようです。わたしは、あいかわらずのジョウ。そうそうローリイと、けんかしました。わたしのほうが正しいがいいわけしたのがわるく、わたしがあやまるまで来ないといって帰り、国交断絶、わたしはローリイのあやまりに来るのを待ちましたが来ません。その晩、エミイが川に落ちたときの、おかあさんの教訓を思い出し、聖書を読んだらおちついて、怒ったままねてはならぬと、あやまりに来るローリイとあい、すっかり心は晴れ、元どおり仲よしとなりました。昨日のハンナの洗濯のお手伝いをして詩をつくりました。お笑草に。おとうさんに、わたしにかわって、愛情こめてキッスをしてあげて下さい。でたらめのジョウより、
[#ここから1字下げ]
   しゃぼん水のうた
わたしのたらいの女王さま、わたしはたのしくうたいます。
白いあわが、ぶくぶく高くたつあいだに
せっせとあらって、しぼって、ほします。
きれいなお空の下で、吹きまわる風に
せんたくものは、ひらひらふかれます。

あたしたちの心とたましいについた
一週間のけがれをあらいたい。
水と空気のふしぎなちからで
きれいにきれいにきよめたい。
そうすれやこの世に、とてもすてきな
せんたく日がおこなわれるでしょう。

よき人の世の小道には
いつもパンジイが咲くでしょう
いそがしい心は かなしみも うれいも なやみも
考えるひまは、ありはしない
ほうきをせっせとつかうときには
なやむ思いもはいてしまう。

日ごと日ごとにつとめる仕事が
わたしにあたえられたのはうれしい。
仕事がつよいからだと ちからとのぞみを もってきてくれる
頭でいろいろよく考え 心でいろいろよ
前へ 次へ
全27ページ中19ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
水谷 まさる の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング