たちになったのよ。どんなにうれしいでしょうね。」
そこへ、ローリイも帰って来て、ジョウといっしょに、メグの結婚のことを話しているうちに、とうとうメグは、
「あたし、たれとも結婚しないわ。」と、つんと気どって歩きはじめました。二人はその後から、子供みたいに、笑ったり、つつき合ったりしてついていきました。
さて、それから一二週間というもの、ジョウはいかにも奇妙なふるまいが多かったので、みんなおどろいてしまいました。郵便屋の足音がすると玄関へかけていったり、ブルック先生につっけんどうにしたり、じっとすわりこんで悲しそうな顔をしてメグをながめたり、きゅうに、メグにとびついてキッスしたり、ローリイが来ると、二人で目くばせして、新聞のことを話したり、いったい、どうしたというんでしょう?
ある日、ジョウは家のなかへとびこんで来て、ソファに横になり、新聞を読むふりをしていました。ベスが尋ねました。
「なに読んでいらっしゃるの?」
「はりあう画家という小説。」
「おもしろそうね、読んでちょうだい。」
メグがいうと、ジョウはせきばらいをして、読みはじめましたが、ロマンチックな作で、出て来る人物は最後にみんな死んでしまうという、かなり悲壮なものでした。
「いいわ、恋をするとこ好き、だあれ、作者は?」と、エミイが尋ねると、
「あなたがたの姉妹よ。」
「あなた?」と、メグがさけびました。
「とてもおじょうずね。」と、エミイ。
「ああ、あたし肩身がひろい。」と、ベス。
この成功に、みんなはおどり出したいほどよろこびました。ハンナもとびこんで来て、おどろきの声をあげ、おかあさんもどんなにほこらしく思ったでしょう。よろこびが、家中をあらしのようにひっかきまわしました。ジョウは目にいっぱい涙をため、ミス・ジョセフィン・マーチと印刷された名前の新聞が、みんなの手から手へわたるのをながめていました。
「すっかり、話して聞かせてよ。」「いつ新聞は来たの?」「いくらいただけるの?」「おとうさんはなんておっしゃるかしら?」「ローリイは笑わなかった?」と、ジョウのまわりに集った家中の者が、つぎつぎにさけびました。
「では、なにもかもいっちまうわ。」と、ジョウは、じぶんの作品を売りにいったときのことを話し、返事を聞きにいったら、二つともおもしろいが、はじめての人には原稿料を出さないで、ただ新聞にのせるだけ、そのかわり、いいものを書けるようになったら、原稿を買いに来るということだったと話しました。
「それで、あたし二つともわたして来たの。そしたら、今日これを送って来たの。ローリイが見せろってきかないから見せてあげたの。ローリイは、よくできているからもっと書けというの。そしてこのつぎから原稿料を出させるようにしてやるって。あたし、うれしいわ。じぶんで[#「じぶんで」は底本では「しぶんで」]書いたもので食べていけて、みんなのくらしもらくにすることが、できるかもしれないんですもの。」
ジョウは、一気でしゃべって息がきれました。そして、新聞で顔をおおって、涙でじぶんの小説をぬらしてしまいました。ペンで、一人立ちして、愛する人からほめられるようになることは、一ばんジョウにとっては、うれしいことでありました。
第十五 雲のかげの光
「十一月って、いやな月ね。」と、メグがいったのがきっかけで、ジョウもエミイも、霜がれの庭をながめながら、いろんな気のひきたたない話をしていると、べつの窓から外を見ていたベスが、
「うれしいことが二つあるわ。おかあさんは町からお帰りだし、ローリイさんは、なにかおもしろいお話でもありそうに、お庭をぬけて来るわ。」
二人とも家へはいって来ました。おかあさんに、おとうさんから手紙が来なかったか尋ねました。ローリイは、今日は数学をやりすぎたので頭がふらつくから、ブルック先生を馬車で送っていくといい、
「どうです、みんないらっしゃい。今日は陰気だけど馬車は気持いいですよ。」と、じょうずに誘いかけました。
メグは、そうたびたびわかい男といっしょにドライブしないほうがいいという、おかあさんの意見にしたがいたかったので、ことわりましたが、ほかの三人は出かけることになりました。ローリイは「おばさん、なにか御用はありませんか?」と、いつもの愛くるしい声で尋ねますと、マーチ夫人はいいました。
「ありがとう。できたら郵便局へよって下さい。今日は手紙の来る日だのに、郵便屋さんが来ません。おとうさんは、お日さまがまい日でるように、まちがいなく手紙を下さるのに。」
そのとき、けたたましいベルが鳴って、まもなくハンナが一枚の紙を持って来ました。ハンナは、「おくさま、おそろしい電報が来ました。」といって、その電報が爆発でもするかのように、こわごわ出しました。
おかあさんは、それをひったくるようにして読みましたが、まるで弾丸を胸にうちこまれたかのように、まっさおになって、イスにたおれかかりました。ローリイは、水をとりに階下へかけおり、メグとハンナはおかあさんをだき起し、ジョウはふるえ声で読みあげました。
マーチ夫人へ――ゴシュジン[#「ゴシュジン」は底本では「ゴシジュン」] ジュウタイ スグコラレタシ。ワシントン ブランクビョウイン エス・ヘール
部屋は水をうったようにしんとなりました。娘たちは、じぶんたちの生活のあらゆる幸福と力がうばい去られるような気がしました。おかあさんは、すぐにわれにかえって、電報を読みなおし、悲痛な声でいいました。
「あたしはすぐに出かけます。けれど、もうまにあわないかもしれません。ああ、あなたたち、どうかおかあさんが、それに耐えられるように力を貸して下さい。」
しばらくは、とぎれとぎれのなぐさめの言葉や、助け合うという誓いの言葉や、神さまの加護を信ずる言葉にまじるすすり泣きの声のほかに、部屋にはなんのもの音もしませんでした。けれど、あわれなハンナがわれにかえり、じぶんでは気づかないちえで、ほかの者にいい手本を示しました。すなわち、ハンナにとっては、はたらくということが、たいていの心配ごとをなおす良薬でありました。
「神さまが、だんなさまをお守り下さいます。わたしは泣いてばかりいられません。おくさまがおたちになる仕度をしなければなりません。」と、ハンナは真心からいって、涙をエプロンでぬぐい、そのかたい手でマーチ婦人の手をにぎって、人一倍はたらくために出てきました。
「ハンナのいうとおりです。泣いているときではありません。みんなおちついてちょうだい。そしておかあさんに考えさせておくれ。」
おかあさんが、あおざめた顔をしながらも、気をとりなおして悲しみをおさえ、娘たちのためにいろいろ考えはじめたとき、娘たちも気をおちつけようとしました。
「ローリイはどこ?」と、おかあさんは、まず第一になすべきことをきめたのです。
「ここにいます。おばさん、どうぞなにかさせて下さい。」と、ローリイは、いそいでとなりの部屋から出て来ました。かれはこの一家の人たちの悲しみのなかに、いかに親しくても、まじってはならぬと思って、となりの部屋にしりぞいていたのです。
「あたしが、すぐ出発するという電報をうって下さい。つぎの汽車は明日の朝早く出るはずです。それでいきます。」
「そのほかには? 馬の用意はできています。どこへでもいきます。なんでもします。」
「それから、マーチおばさんのところへ手紙をとどけて下さい。ジョウ、ペンと紙とを下さい。」
手紙が書かれ、ローリイはわたされました。
「では、すみませんがお願いします。めちゃに馬を走らせてけがなんかしないで下さい。そんなにいそがなくてもいいんですからね。」
けれど、その言葉は守られず、ローリイは五分の後には、はげしいいきおいで馬を走らせていました。
「ジョウ、あなたは事務所へいって、あたしがいけないってことわって来て下さい。途中で買い物をして来て下さい。今書きますから。それからベスはローレンスさんのとこで、古いぶどう酒を二本いただいて来て下さい。おとうさんのためなら、いただくのをはずかしいと思ってはいられません。エミイ。ハンナに黒革のトランクをおろすようにいって下さい。メグ、あなたはおかあさんの、さがしものを手つだって下さい。あたしはだいぶうろたえていますからね。」
手紙を書いたり、考えたり、さしずしたり、すべてを一度にしなければならないおかあさんに、メグはじぶんたちではたらくから休んでいてほしいといいました。けれど、おかあさんに休むことが、どうしてできましょう。無事でたのしかった家は、今や不吉なあらしに吹きあらされ、みんなは木の葉のように、ふきとばされるほかはありませんでした。
ローレンス老人は、ベスとともに来ました。親切な老人は、病人のためになりそうなもの[#「もの」は底本では「うの」]を、考えられるだけ考えて持って来ました。そして、夫人の留守中は、娘たちの世話はひき受けるといいましたので、おかあさんは安心することができました。また、老人は、なんでも必要なものは提供するといい、いっしょにワシントンへつきそっていくとさえいい出しました。けれど、長い旅に老人にいってもらうことは、とてもできませんので好意を感謝してことわりました。
老人が帰っていってまもなく、メグが片手にゴム靴、片手に紅茶を持って玄関をかけていくと、ばったりブルック先生にあいました。
「今、聞いたのですが、ほんとうにお気のどくです。僕はおかあさんのおつきそいをしていこうと思って来たのです。ローレンスさんが、ぼくをワシントンまでいかせる用事ができたのです。ですから、道中おかあさんのお世話ができれば、ほんとうに満足です。」
メグは、あやうくゴム靴をおとしそうになるほど、感謝にあふれました。
「みなさん、なんて御親切なのでしょう。おかあさんはきっとよろこんでお受けいたすでしょう。あなたがお世話下されば安心でございますわ。お礼の申しようもありません。」
メグは、ブルック先生を、客間へ案内しておかあさんをよびにいきました。
ローリイが、マーチおばさんからの手紙を持って帰ったときには、すべての支度がととのっていました。その手紙のなかには頼んだお金と、おばさんが前からたびたびいっていたことが書いてありました。すなわち、マーチが軍隊にはいることはいけないといつもいっていたし、どうせろくなことにならないと、注意しておいたが、こんなことになった。今後はじぶんのいうことにしたがってほしいとありました。おかあさんは手紙を火にくべ、お金を財布にいれ、きゅっと口をむすんで、また支度をつづけました。
みじかい午後が暮れました。外の用事はすべてすみ、メグとおかあさんは、必要なぬいもの、ベスとエミイは夕飯の支度、ハンナはアイロンかけに、みんないそがしく手をうごかしていましたが、どうしたものか、ジョウがまだ帰りません。みんなそろそろ心配しはじめていると、ジョウがみょうな表情で帰って来ました。そして、すこし声をつまらせて、
「これおとうさんの御病気がよくなって、家へお帰りになれるようにと思ったあたしの心持だけなの。」と、いっておかあさんにおさつのたばをわたしました。
「まあ、どこから手にいれたの? 二十五ドル、ジョウ、あんたはとんでもないことしやしませんか?」
「いいえ、りっぱなあたしのお金です。じぶんのもの売ったお金です。」
ジョウが帽子をぬぐと、みんなは、あっ!と、おどろきの声をあげました。ふさふさした髪の毛はみじかく切られていました。
「このほうが、さっぱりして気持がいいわ。じぶんの髪をじまんして、虚栄心を起しそうだったが、これでもいいわ。どうぞお金とってちょうだい。」
「ジョウ、おかあさんは、満足とは思いませんが、しかりはしません。あなたが愛のために、虚栄心を犠牲にしたことはよくわかります。でもね、そんなことまでする必要はなかったのです。いつか後悔するでしょうね。」
「いいえ、そんなことありませんわ。」と、ジョウは、じぶんのしたこと
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