さんから[#「から」は底本では「かち」]はなれたくないので、家庭教師として外国へいけるのをことわったこと、そして、今でもなくなったおかあさんの看病をしてくれたおばあさんに、まい月、仕送りをしていること、それをだれにもいわずにいたことなど、ローリイのおじいさんが、メグのおかあさんに話したことを話し、どうかそのりっぱなブルック先生を満足させるように、よく勉強しなければいけないと、まるで、ねえさんみたいに、ローリイにいって聞かせました。そして、こうつけ加えました。
「ごめんなさい。お説教したりして。けれど、まるでほんとの兄弟みたいな気がするものですから、思ったとおりのこというのよ。」
ローリイは、親切なメグの言葉をありがたく思い、
「ねえさんのように、ぼくの欠点をいって下さってありがとう。今日はぼくふきげんだったけど、これでさっぱりした。」
ローリイは、できるだけ愉快にしようとして、メグの糸をまいてやったり、ジョウをよろこばそうとして、詩をうたったり、ベスに松ぼっくりを落してやったり、エミイの写生を手つだってやったりはたらきばち会の会員にふさわしいように努めました。そのうちに、ハンナの知らせるベルが聞えました。みんなが家へ帰る時間です。ローリイは、
「ぼく、また来てもいい?」
メグは、にこにこして、
「ええ、おとなしくして、本が好きになれたらね。」
「好きになります。」
「じゃ、いらっしゃい、あみもの教えてあげるわ。スコットランド人は、男でもあみものするのよ。それに、今とても靴下の注文があるんですって。」
その晩、ベスはローレンス老人のためにピアノをひきましたが、ローリイはそれをカーテンのかげにたたずんで聞きました。ベスのあどけない音楽は、ローリイの気持をしずめてくれ、おじいさんのことが、しみじみとなつかしく思われるのでした。そして、その日の午後のメグの話を思い出しながら、よろこんで犠牲をはらうつもりで、
「ぼくは、空中楼閣なんてすてて、おじいさんが望むだけ、いつまでも、いっしょにいてあげよう。おじいさんは、ぼくだけしか、頼る人がないんだもの。」と、ひとり言をいいました。
第十四 秘密
十月にはいると、寒さもきびしくなり、日ざしもみじかくなったので、ジョウは屋根部屋でいそがしい日を送りました。最後のページをおわって、じぶんの名を花文字で書くと、ペンをなげ出していいました。
「さあ、できあがった、これでだめなら、もっとよく書けるまで待たなくてはならない。」
ソファにころりとあおむきになり、ジョウは念入りに原稿を読みなおし、ところどころに、線をひいたり、感嘆符をつけたりしました。それから、あかいリボンでとじました。この屋根部屋のジョウの机は、かべにとりつけてある古いブリキの台所用のたなでした。ジョウは、そのなかへ原稿用紙や二三冊の本をしまいこんで、ねずみの、がりがりさんに、荒らされないようにしました。がりがりさんは、やっぱり文学好きで、原稿用紙や本をよくかじるからです。ジョウは、ブリキのいれものからもう一つの原稿をとり出し、今書きおわった原稿といっしょに、ポケットにねじこんで階段をおりました。それから、こっそり家を出て、通りがかりの乗合馬車をよびとめてのり、いかにもたのしそうな、秘密ありそうな顔つきで、町のほうへいきました。
町へ来たジョウは、大いそぎで、あるにぎやかな通りの、ある番地まで突進しました。やっとある家をさがし出しましたが、そのきたない階段を見あげると、じっと立ちどまっていましたが、きゅうに、また大いそぎで帰っていきました。こんなことを二三回くりかえしたあげく、まるで歯をすっかりぬいてもらうような悲壮な顔つきで階段をのぼっていきました。その建物には歯科医もあったのです。
それを見ていたのは、むかいがわの建物の、窓のところをぶらぶらしていたわかい紳士でした。
「一人で来るなんて、あの人らしいな。けれど、気分でもわるくなったら、家までつきそってあげなくちゃ。」
十分とたたないうちに、ジョウはまっかな顔をして、なにかおどろくほど苦しい目にあったように階段をかけおりて来ました。わかい紳士は、ほかならぬローリイでしたが、ジョウがちょいと頭をさげていきすぎたので、すぐに後をおって尋ねました。
「とても痛かった?」
「そんなでもなかったわ。」
「早くすんだねえ。ずいぶん。」
「ええ、うまくいったわ!」
「どうして一人でいったの?」
「たれにも知らせたくなかったからよ。」
「ずいぶん、かわっているんだね。きみは、それで、なん本ぬいたの?」
ジョウは、ローリイのいう意味がわからないのでかれの顔をながめましたが、はっと気がついて、おもしろくてたまらないというように笑いました。
「二本ぬいてもらいたいんだけど、一週間も待たなきゃならないのよ。」
「なにを笑ってるの? また、なにかいたずらしてきたんだね、ジョウ。」
「あんなこそ、玉突屋でなにしてらしたの?」
「はばかりながら、玉突屋ではありません。体育館でして。ぼくは剣術を習ってます。」
「まあ、うれしい!」
「なぜ?」
「あたし教えてもらえるもの。そうすれば、今度ハムレットをやるとき、あんなレアティスやれるから、二人であのすばらしい剣術の場がやれる。」
ローリイがふき出したので、通行人が、二三人ふりかえりました。
「教えてあげるよ、ハムレットはどうでもいいが、おもしろいよ。やれば身体がしゃんとなる。でもそれだけで、あなたが、まあうれしいって、あんなに強くいったとは思えないが。」
「そうよ、あんたが玉突屋にいなかったのがうれしかったの。あんた、いくの?」
「そんなに、いきませんよ。」
「いかないほうがいいわ。」
「なにもわるいことありませんよ。家の玉突では、じょうずな相手がなくてつまらない。だから、ときどきいって、ネッド・マフォットや、そのほかの連中とやるんです。」
「いやだわ、だんだん好きになって、時間をお金をむだにして、いけない子になるんでしょう。品行方正でいてほしいわ。」
「男は、品をおとさなければ、ときどきおもしろい遊びをしてはいけないかしら?」
「それは遊ぶ方法と場処によるわ。ネッドの連中、あたしきらい、交際しないほうがいいわ。あたしの家にも来たがっているけど、おかあさんよせつけないようになさるの。あなたが、あの人みたいなら、今までどおりあなたと遊ばせないでしょう。おかあさんは。」
ローリイがいいました。
「では、ぼく申しぶんのない聖人になります。」
「聖人なんてまっぴら、すなおな品のある人になってほしいわ。キングの家の息子さんみたいに、お金たくさん持って、よっぱらったり、ばくちをしたり、しまいに、家出しておとうさんの名をかたって[#「かたって」は底本では「がたって」]、なにか偽造までして、こわいわ。」
「ぼくも、そんなことしかねないと思っているんですね? どうもありがとう。」
「とんでもない。ただあたし、お金はおそろしい誘惑をするって聞いてるから、あなたが貧乏だったら、心配しないでもいいと思うことがあるわ。だって、あなた、ときどきふきげんだったり、強情だったりするから、いったんまちがったほうへむいたら、ひきとめるのがむずかしいと思うわ。」
「そう、そんなに心配していてくれるの。」
ローリイは、しばらくだまりこんで歩いていました。ジョウは、すこしいいすぎたかしらん[#「かしらん」は底本では「かしらう」]と思いましたが、やがて、ローリイは、
「あなたは家へ帰るまで説教するつもり?」
「いいえ、どうして?」
「説教するつもりなら、ぼくバスにのるし、しないなら、いっしょに歩いて、とてもおもしろいこと聞かせてあげる。」
「しない。だから、そのニュース聞かせて。」
「よろしい、これは秘密ですよ。ぼくがいったら、あなたのもいわなければだめですよ。」
「あたし秘密なんかないわよ。」と、ジョウはいいましたが、じぶんにも秘密があることを思って、きゅうに口をつぐみました。
「あるでしょう。かくしたってだめ、さっさと白状なさい。いわなければ、ぼくもいわない。」
「あなたの秘密おもしろいの?」
「おもしろいとも! あなたのよく知っている人のこと。あなたが知っていなければならない秘密だから、教えてあげたくてうずうずしているんです。さあ、あなたからですよ。」
ジョウは、家の人にもいわないこと、からかわないことを念おして、
「じゃいうわ。あたしね、小説を二つ、新聞社の人のところへおいて来たの。そして、来週返事があるの。」と、相手の耳にささやきました。ローリイは、
「アメリカにその名も高きマーチ女史ばんざい!」と、さけんで帽子を高くなげ、それをうけとめました。もう郊外を歩いていたので、それは二羽のがちょうと、四ひきのねこと、五羽のにわとりと、六人のアイルランド人の子供をよろこばせました。
「返事なんか来ないわ。このこと、たれにも失望させたくなかったから、いわなかったの。」
「なあに、だいじょうぶ、あなたの書くもの、シェークスピアの書いたものくらい、ねうちがありますよ。活字になったらすてきだな!」
ジョウは、そういわれると、うれしく思いました。友だちの賞讃はいいものです。
「それで、あなたの秘密ってなあに? 公明正大にいいなさい。」
「いってしまうと、こまることになるかもしれないんですが、いわないと気がらくになれないし、あのね。メグの片っぽうの手ぶくろのありかを知っているんです。」
「それっきり?」
「今のところ、それでじゅうぶんだよ、どこにあるかということを教えたら。」
ローリイは、ジョウの耳に三つの言葉をささやきましたが、その言葉でジョウは、おどろきと不愉快な表情をしてつっ立ち、ローリイの顔を見つけてから歩き出しました。
「どうして知ってるの?」
「見たんだよ、ポケットに。」
「ずっと今でも?」
「ええ、ロマンティックじゃない?」
「いいえ、こわいわ。きらいだわ。ばかばかしい。たまらないわ。メグねえさん、なんていうかしら?」
「たれにもいわないでよ、きみを信用したからいったのさ。」
「それじゃ、当分はいわないわ。でも、いやね。聞かしてくれなければよかった。」
「ぼくは、きみがよろこぶかと思った。」
「たれかがメグをつれ出しに来るっていうことを、あたしがよろこべますか。ああ、あたしには秘密ってものは性に合わない。あなたがそんなこと聞かすものだから、気持がくしゃくしゃしちゃった。」
ジョウが不満らしくいうと、ローリイは、
「この坂を競走しておりよう。そうすれば、気持がさっぱりするよ。」
あたりには人かげもなく、平らな道がまねくように坂なっていました。ジョウは走り出し、帽子もくしもふり落し、髪をふりみだし、目をかがやかしました。もう不満な色はありませんでした。
「あたし馬だったら、こんなに気持のいい空気のなかを、いくらかけても息がきれないでしょう。ああおもしろかった。でも、このおかしなかっこう。あたしの落したものひろって来てよ。」と、ジョウは紅葉のちっているかえでの木の下にすわりました。そして、髪をなおしました。そのあいだにローリイは、ジョウの落しものをひろいにいきましたが、そこへ訪問がえりのメグが、りっぱな服を着て、貴婦人みたいに大人びて、通りかかりました。
「あなた、走ったのね、いつになったら、そんなおてんばやまるの?」
「年をとって、身体がこわばって、松葉杖をつくるようになるまでやめないわ。あたしを大人あつかいにするのいやよ。おねえさんが、きゅうに変ったのを見るのつらいわ。せめてあたしだけいつまでも子供にしておいて。」
ジョウには、メグが大人びていくように思えるのに、ローリイのいった秘密から、やがて別れというおそろしいときが、近く来そうな気がしました。
「そんなに、おめかしてどこへ?」
「ガーデナアのところへ、サリーは、ベル・マフォットの結婚のことをすっかり話してくれました。とてもりっぱでしたって、お二人はこの冬をパリで送るために、もうお
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