、川を下っていきました。ネッドは、センチメンタルになって、
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ひとり、ひとり、ああ、ただ、ひとり。
われら、いまだ年わかく
みなあたたかき心もつに
なぜにつめたくはなれいく。
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と、いうところで、わざとあわれっぽい表情をして、メグをながめましたので、メグは笑い出してしまい、その歌をめちゃめちゃにしてしまいました。
「あなたは、どうしてぼくにつらくあたるんです? 今日一日、あなたはあのかたくるしいイギリス人にばかりくっついていて、今度はぼくを鼻であしらうんですね。」
「そんなつもりじゃなくってよ。あんまりおかしな顔をなさるので、つい。」
ネッドは怒って、サリーの同意を得ようとして、
「あの人、すこしも情味のない人ね。」
「ちっとも。だけど、かわいい人。」
サリイは、友だちの短所をみとめながらもかばいました。
「とにかく、あの人は手おい鹿ではないね。」
ネッドは、しゃれたつもりでしたが、たいしたしゃれとはいえませんでした。
朝、集合したローレンス家の芝生で、みんなは、たがいに、あいさつして別れをおしみました。というのは、ボガン家の人たちは、カナダへ帰っていくからでした。四人の姉妹は、庭を通って家へ帰りましたが、そのうしろすがたをながめていたケイトは、今度はかばうような調子などをまじえずにいいました。
「アメリカの娘さんたちは、ずいぶん露骨なところはあるけれど、よく知ってみると、とてもいい人たちねえ。」
すると、ブルック先生がいいました。
「ぼくも同感ですね。」
第[#「第」は底本では欠落]十三 美しい空中楼閣
九月のあるあたたかい日の午後、ローリイは、マーチ家の連中が、なにをしているだろうと考えながらも、わざわざ見に出かけていくのもおっくうなので、ただハンモックにゆられていました。
かれは、ふきげんでした。その日は、することがうまくいかず、あたたかいので身体はだるく、勉強をすっぽかしてブルック先生をいやがらせ、お昼からピアノをひきつづけて、おじいさんの気持をそこね、家の犬が一匹、気がくるったといって女中をおどかし、馬にひどくしたといって馬丁とけんかし、世のなかはおもしろくないやと、ぷんぷん怒って、ハンモックにとびこんだのです。
けれど、美しくのどかなので、かれの気持はやすまり、世界一周の航海をしているような空想にふけっていると、人声がして空想はやぶれました。見るとマーチ家の姉妹たちが出かけていくところでした。けれど、いつもとようすがちがって、めいめい大きなつばの帽子をかぶり、肩に茶色のふくろをかけて長いつえをつき、メグはクッション、ジョウは本、ベスはひしゃく、エミイは紙ばさみを、それぞれ持っていました。一行は、しずかに庭をぬけ、うら木戸を出て、家と川のあいだにある丘をのぼりはじめました。
「ひどいなあ。ぼくを誘わないでピクニックにいくなんて。かぎをもっていないから、ボートにのれまい。よし、持っていってやろう。そして、なにをするのか見て来よう。」
ローリイは、どの帽子をかぶろうかとまよい、かぎをさんざんさがし、かぎがポケットにはいっているのに気がつくと、さっそく後を追いましたが、少女たちのすがたはなく、ボート小屋へいきましたが、だれも来ないので、上へのぼっていきました。すると、松の木立のかげから、風の音よりも、こおろぎの歌よりも、もっとほがらかな声が聞えて来ました。
「すてきだ!」と、ローリイは、目がさめたような思いでした。
姉妹たちは、木かげにすわり、太陽の光と木の影が、その上にゆれていました。メグはぬいものをしていましたが、ピンクのドレスがばらのようにあざやかでした。ベスは、松ぼっくりをよりわけていました。エミイは、一むらのしだを写生していました。そして、ジョウは、大きな声で本を読みながら、あみものをしていました。この光景が、ローリイの心をとらえました。ローリイは、そばへいきたいが、誘われたのでもなし、家へ帰るべきだが、家はたまらなくさびしく、それで立ち去りかねていると、リスがかれのすがたにおどろいて、するどい声を出しました。その声に、ベスが顔をあげると、ローリイのさびしそうな顔があったので、安心させるように、にっこり笑って手まねきしました。
「ぼく、いっても、いいですか?」
メグは、眉をつりあげて、いけないといようすをしましたが、ジョウはメグに顔をしかめて、
「だいじょうぶよ、いらっしゃい。お誘いしようと思ったけど、こんな女の遊びなんか、つまらないと思ったのよ。」
「あなたたちの遊びなら好きです。でもメグがいやなら、ぼく帰ります。」
「いやじゃありませんわ。そのかわり、ここでは怠けてはいけないという規則だから、あなたもなにかしなければいけませんよ。」
「どうもありがとう。なんでもします。だって家は、さばくみたいに退屈です。」
ローリイは、うれしそうでした。
「それでは、あたしが、かかとをあんでいるあいだに、この本を読んでしまってね。」
ジョウが本をわたすと、ローリイは、はいと、うやうやしく答えて「はたらきばち会」に入会させてくれた好意に感謝して、熱心に読みはじめました。その物語はあまり長くはなく、ローリイは読みおわると、労にむくいてもらう[#「もらう」は底本では「もろう」]ために、二三の質問を出しました。
「ちょっとうかがいますが、この有益な会は、新らしくできたんですか?」
姉妹たちは顔を見合せました。秘密にしておくべきか、それともうち明けるべきか? ローリイにならいってもいいと、みんなは考えました。ジョウは、にっこり笑っていいました。
「あたしたち、巡礼あそび[#「あそび」は底本では「あそぴ」]を、冬から夏までつづけて来たの。そして、この休暇には、怠けないようにと思って、めいめい仕事をこしらえて精いっぱいやりました。休暇はもうじきおわりますが、仕事はみんなできて、よろこんでいますの。ところで、おかあさんは、あたしたちを、外へ出したがっていらっしゃるので、この丘へ仕事を持って来て、おもしろくやっているの。」
ローリイは、うなずいていいました。
「ああ、それで、ふくろをしょい、杖をつき、古い帽子をかぶるんですね。」
「あたしたちは、この丘のことを、よろこびの山といってますの。ずっと、むこうまで見わたせるし、[#「、」は底本では欠落]あたしたちが、いつかは住んでみたいと思う国も見えるからです。」
ジョウが、ゆびさしたので、ローリイは立ちあがってながめました。あおい川、ひろびろとした草地、そのむこうのみどりの山々、その峰にたなびく金と紫の雲、まことに、天の都を思わせるものがありました。
「なんてうつくしいんだろう!」と、ローリイは、美しさをす早く見つけました。
「あのうつくしい景色のところが、あたしたちのほんとの国で、みんなでそこへいけたら、うれしいと思うわ。」と、ベスがいいますと、メグは、やさしい声で、
「あれよか、もっとうつくしい国があるのよ。あたしたちが、りっぱな人になったら、そこへいけるのよ。」と、いいました。
「ベスなんか、いつかいけるでしょうが、あたしなんか、戦ったりはたらいたり、のぼったりすべったりで、いかれそうにもないわ。」
ジョウがいうと、ローリイも、
「ぼく、ベスの道づれになりますよ。でも、ぼくがその旅におくれたら、やさしい言葉をかけてくれるでしょうね?」
ベスは、なんと返事してよいかこまったようでしたが、快活にいいました。
「だれだって、ほんとはいきたい気持で、一生、努力の旅をつづけたら天の都へいけると思うわ。」
しばらく沈黙がつづいた後、ジョウがいいました。
「あたしたちの勝手に考える空中楼閣がみんなほんとのものになって、そこに住むことができたら、どんなにおもしろいでしょう。」
「ぼくは見たいだけ世界を見物してから、ドイツにおちついて、好きなだけ音楽を勉強して、有名な音楽家になるんです。けれど、ぼくはお金だとか、商売とかすこしも気にかけずに、じぶんの好きなように暮すんです。これがぼくの気にいっている空中楼閣です。」
ローリイがそういうと、メグがつぎをつづけました。
「あたしは、いろいろぜいたくなものが、たくさんあるうつくしい家がいいわ。おいしい食べもの、きれいな服、りっぱな道具、感じのいい人たち、そして、お金は山ほどあるの。あたしその家のおくさんで、召使をたくさん使って。でも怠けたりしないで、いいことをして、みんなからかわいがられたい。」
ジョウは、ずばりと、
「おねえさんは、なぜりこうでやさしい夫と、天使のような子供がいてと、おっしゃらないの。それがなかったら、おねえさんの空中楼閣はできないわ。」と、いいました。
「あなたの空中楼閣には、馬とインクつぼと小説しかはいっていないんでしょう?」と、メグはすこしむっとしていいかえしました。
「いいじゃないの。アラビア馬のいっぱいはいった馬屋と、本をつみあげた部屋と、魔法のインクつぼがあれば、あたしは、そのインクつぼで、ローリイの音楽とおなじくらい、有名な作品を書くんだわ。だけど、あたしその空中楼閣へはいる前に、なにかすばらしい英雄的なこと、そうね、あたしが死んでも人から忘れられないようなこと、やってみたいわねえ。そうだ、あたし本を書いてお金持になり有名になれたらいいわ。それがあたしに似合っているの。それ、あたしの大好きな空想よ。」
「あたしのは、無事におとうさんやおかあさんといっしょに家で暮して、家の人たちの世話をしてあげることですわ。」と、ベスがいうと、ローリイが尋ねました。
「ほかには、なにか望みはないの?」
「あのかわいいピアノをいただいたから、ほかになんにも望みはありません。」
すると、エミイがいいました。
「あたしは、絵をかきにローマへいき、りっぱなものをかいて、世界中で一ばんえらい画家になることですわ。」
「ぼくたち、なかなかの野心家ですね。ベスのほかは、金持になり、有名になり、あらゆる点でえらくなろうというのですから。」と、ローリイがいうと、ジョウが、
「今から十年たって、みんな生きていたらあつまって、だれが望みをとげたか、だれが望みに近づいたか見ましょうよ。」と、いいました。
「そしたら、あたしいくつ? 二十七ね。」と、メグ。すると、すぐにジョウが、
「ローリイとあたしが二十六、ベスが二十四、エミイが二十二、なんとみなさん、相当の御先輩というわけね。」
「ぼくは、それまでになにか、じまんになるようなことしたいな、だけど、ぼくはこんな怠け者だから、だめだろう。ねえ、ジョウ。」
「おかあさんが、あなたにはなにかいい動機があれば、きっとすばらしいことなさるって、いってらしたわ。」
「そうですか。ぼくやります。ぼくは、おじいさんの、気にいるようにしたいんだが、できないんですよ。おじいさんは、後つぎにして、インド貿易商にしたがっているんです。だけど、ぼくいやだ。大学へ四年いくだけで、満足して下さればいいのに、ああ、おじいさんを世話して下さるかたがあれば、ぼくは明日にも家をとび出すんだがなあ。」
ローリイは、ひどく気がたかぶっていました。かれには青年の熱情があり、じぶんのちからで世の荒浪をのりきっていこうとして、いるのでした。ジョウは同情して、
「あなたの船で海へのり出し、したいほうだいなことして、あきるまで帰らなければいいわ。」と、じぶんの好きな空想であおりました。びっくりしたメグはいいました。
「いけないわ。ジョウ、あんなこといって、ローリイもそんな忠告聞いてはだめ。あなた大学で一心に勉強すれば、おじいさんもいつまでもがんこなこといわないで、きっとあなたの望みをかなえて下さいます。だから、さびしがったり、いらいらしないで、じぶんの務めをはたすようになさいね。そうすれば、ブルック先生のように、みんなからたっとばれ愛されるようになります。」
それから、メグは、ブルック先生が、おかあさんのなくなるまで孝養をつくしたこと、おかあ
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