歌時計
童謠集
水谷まさる
−−
【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)小枝《こえだ》
|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)桃|買《か》つて
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(例)[#地から2字上げ]
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序
この小さな童謠集を「歌時計」と名づけたのは、べつに深い意味はない。
わたくしはただ、驚異のねぢを卷いて、そのほどけるがままに、澄み切つた歌をうたひたいと思ふから、あへてかういふ名をつけたのであるが、赤や紫や青の、夢のきれはしを投げつけて、少年のわたしの心をさざなみ立たせたところの、あの「歌時計」の歌のやうな、それほどの魅力がわたしの童謠にあるかないか。
だが、そんな反省にくすぶると、この小さな童謠集に、小さいながらにも、この兩三年間の選集であるだけに、わたしの眉はくもらざるを得ないが、とにかく、歌時計のねぢは健全なる自製であるから、その快よき理由で、自分だけとしては、眉のくもりは追ひ拂ふことにしよう。
なほ、この童謠集のために、いろいろお世話していただいた大島庸夫君に感謝したい。
昭和四年四月
[#地から2字上げ]著者
[#改丁]
目次
小鳥
風と繪本
露の小人
ジヤム地獄
トランプちやん
桃太郎
ポケツト
すみれとてふてふ
つかまへたいな
熊
さくらの花道
春の山
あがり目さがり目
だだつ子
柳と松
りんごの皮むき
春が來た
野の花
白い齒
葉山の海
おもひで話
白いお手
風と月
あがり双六
雲の羊
口わる烏
野原と小川
足柄山
ふしぎな人形
自動車
五つの色
ねむり姫
押しくらまんぢゆう
さくらと雀
白いマント
いい毛布
お菓子
手紙
巨きな百合
芒と月
青いかげ
秋風
ほんとにしないけど
おとぎばなし
雪
月
花
とんてんかん
岐阜提灯
おるすばん
泥の鳩
白い百合
父さんのマント
[#改丁]
歌時計
――今のわたしにとつて、子供は
小さいフェーヤリである。――
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小鳥
あかるい日ざし
小枝《こえだ》のなかの
小鳥《ことり》のかげが
障子にうつる
ちらちらうつる。
障子を開《あ》けりや
びつくりしたか
小鳥は飛《と》んで
小枝がゆれる
こまかくゆれる。
あかるい日《ひ》ざし
小鳥は逃げて
姿《すがた》を見《み》せぬ
見せぬがうたふ
どこかでうたふ。
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風と繪本
だあれもゐない
あたしの部屋《へや》で
風がぱたぱた
繪本をめくる
おいしいお菓子の
繪のあるペーヂ
風はしばらく
見とれてゐたよ。
きつと小《ちひ》ちやい
子供の風だ
遊《あそ》ばうと思つたら
すぐ逃《に》げちやつた。
[#改ページ]
露の小人
白百合 白百合
花のなかに
露の小人が
五六人。
おねども白い
まくらも白い
みんなぐつすり
ねむつてた。
白百合 白百合
風が來て
ゆすぶりや露の
小人たち。
お目々さまして
あくびして
ころころころと
ころげ出《で》た。
[#改ページ]
ジヤム地獄
落ちた落ちたよ
小さな蠅が
赤いあんずの
ジヤム地獄。
出よう飛ばうと
あせつたけれど
羽根や手足《てあし》が
ねばつくばかり。
泣いた泣いたよ
小さな蠅は
助けておくれと
聲はりあげて。
けれどぼくなら
もし落《お》ちたつて
落ちてうれしい
ジヤム地獄。
[#改ページ]
トランプちやん
かはいい
あかちやん
トランプちやん。
あかちやん
お口《くち》は
ダイヤの一。
お顏《かほ》のなかで
たつた一つ
赤い。
かはいい
あかちやん
トランプちやん。
あかちやん
ひとみは
クラブの二。
お顏のなかで
ならんで
黒い。
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桃太郎
桃から桃太郎
生《うま》れたとさ
桃太郎生れる
桃はないか。
たくさん桃|買《か》つて
さがさうか
いくつも桃|割《わ》つて
さがさうか。
それとも川へ
行《い》こかしら
桃がながれて
來るかしら
もしも桃から
もうひとり
桃太郎生れりや
うれしいな。
[#改ページ]
ポケツト
ぼくの上着《うはぎ》にや
ポケツトが
二つあるけど
つまんない。
だつてお菓子《くわし》と
ゴムまりと
ピストル入れりや
いつぱいだ。
手帳《てちやう》や獨樂《こま》や
ほそびきや
ぼくにや入れたい
ものばかり。
大きなポケツト
四《よつ》つある
父《とう》さんの上着は
すてきだな。
[#改ページ]
すみれとてふてふ
かすみのこめた
ゆふまぐれ
小山のかげの
話しごゑ。
――とめて下さい。
すみれさん
けふはほんとに
つかれたわ。
――どうぞおとまり
てふてふさん
あたしのとこで
よかつたら。
なんてやさしい
話しごゑ
のぞいて見れば
てふてふは
小《ちひ》さいすみれの
花のかげ
とんとんとろりと
もうねてた。
[#改ページ]
つかまへたいな
つかまへたいな
まつ白い雲《くも》を
お空でをどる
まつ白い雲を。
つかまへたいな
小《ちひ》ちやな風を
葉《は》つぱをゆする
小ちやな風を。
つかまへたいな
かはいい聲を
あかちやんの笑ふ
かはいい聲を。
[#改ページ]
熊
のつそり のつそり
檻《をり》のなか
行《い》つたり來《き》たり
黒い熊《くま》。
暑《あつ》さも暑《あつ》いし
日は長《なが》い
朝からあくびは
十六ぺん。
しかたがなしに
首《くび》ふつて
のつそり のつそり
黒い熊。
[#改ページ]
さくらの花道
さくらの花道《はなみち》
花のかげ
白いほんぼり
灯《ひ》がとぼる。
とぼりやほんのり
夢のいろ
さくらの花が
うすあかい。
もしも雪駄《せつた》で
稚子髷《ちごまげ》で
ゆらり袂《たもと》で
通《とほ》つたら
さくらの花道
花のかげ
むかしの夢が
見れるだろ。
[#改ページ]
春の山
霞の蒲團に
くるまつて
ぬくぬくお晝寢《ひるね》
春の山。
そよ風そより
吹いてるに
まだまだお肩《かた》が
まるござる。
霞の蒲團は
ふうわふわ
いつまでお晝寢
春の山。
鳶《とんび》がとろり
啼《な》いてるに
まだまだお背《せな》も
まるござる。
[#改ページ]
あがり目さがり目
――むかしの遊戲唄につけ足して
今の子供たちにおくる――
あがり目《め》 さがり目《め》。
ぐるつとまはつて猫《ねえこ》の目。
あがり目はおこり目
あがり目をしたらば
おこりたくなあつた。
さがり目はわらひ目
さがり目をしたらば
わらひたくなあつた。
猫《ねえこ》の目は猫《ねえこ》の目。
猫の目をしたらば
ねずみが見えた。
あがり目 さがり目
ぐるつとまはつて猫の目。
[#改ページ]
だだつ子
だだつ子こねた
だだこねた
靴屋の店で
だだこねた。
これもいやだよ
あれもいや
顏をしかめて
だだこねた。
そんならどれが
買《か》ひたいの?
やさしくかあさん
きいたけど
だだつ子こねた
だだこねた
頭《あたま》ふりふり
だだこねた。
[#改ページ]
柳と松
そらそらお庭を
見てごらん
柳はやさしい
おぢやうさん
松はがうじやう
おぼつちやん。
遊びませうと
風が來て
あんなに誘《さそ》つて
ゐるけれど
松はだまつて
知らぬ顏。
風ともつれて
遊ぶのは
しなしな青い
ふり袖《そで》の
やさしい柳の
おぢやうさん。
[#改ページ]
りんごの皮むき
さあさりんごの
皮むきだ
きれずに長く
つながつて
するするむけば
いいんだよ。
お人形《にんぎよう》さんの
帶《おび》のよに
腕《うで》[#ルビの「うで」は底本では「で」]の時計《とけい》の
紐《ひも》のよに
ちやんときれいに
むくんだよ。
さあさりんごの
皮むきだ
銀《ぎん》のナイフは
よく切れる
手《て》を氣《き》をつけて
むくんだよ。
[#改ページ]
春が來た
そよそよ春風《はるかぜ》
吹いて來て
やさしい聲で
いひました。
「かはいいつぼみよ
みなお起《お》き
起きなきやそうれ
くすぐるよ!」
そこでつぼみは
目をさまし
花を咲かして
いひました。
「おやもう春が
來《き》てたのか
あたり近所《きんじよ》が
まぶしいな!」
[#改ページ]
野の花
つくしんばうは
お坊《ばう》さん
おつむはいつも
くうるくる。
たんたんたんぽぽ
兵隊《へいたい》さん
かぶつた帽子《ばうし》にや
金《きん》かざり。
かはいい小娘《こむすめ》
れんげさう
あかい花櫛《はなぐし》
ちいらちら。
それぢやすみれは
なんだろな
むさらき頭巾《づきん》の
お尼《あま》さん。
[#改ページ]
白い齒
櫻《さくら》のつぼみが
まだ小《ちい》さい。
坊《ばう》やの齒《は》ぐきは
まだかたい。
櫻のつぼみが
ふくらんだ
坊やの齒ぐきも
ふくらんだ。
櫻のつぼみが
色《いろ》づいた。
坊やの齒ぐきも
色づいた。
櫻のつぼみが
ひいらいた。
坊やの白い齒
そら生えた。
[#改ページ]
葉山の海
葉山の海は
青《あを》かつたよう
波《なみ》がさびしく
寄《よ》せてたよう。
御用邸《ごようてい》にや松《まつ》が
ならんでたよう
枝《えだ》をさびしく
まげてたよう。
だつて天子《てんし》さま
おわづらひだよう
長《なが》くふせつて
おいでだよう。
ぼくはさびしく
おがんだよう
おいのりささげて
來《き》たんだよう。
[#改ページ]
おもひで話
ゆうべのことだ
ストーブのなかで
ぼくだけ聞《き》いた。
むかしのむかし
土《つち》ンなかにゐた時の
石炭たちの
おもひで話
くすくす笑《わら》つて
まつ赤《か》になつて
石炭たちの
おもひで話。
ゆうべのことだ
ストーブのなかで
ぼくだけ聞いた。
[#改ページ]
白いお手
ひとりぼつちでゐる時に
ぼくはいつでも思ひだす
それはきれいなねえさんの
ほんとにやさしい白いお手
「おりこうさんね」といひながら
ぼくの頭をなでたお手
いつのことやら忘れたが
どこのだれやら忘れたが
ぼくはいつでも思ひだす
そしてなぜだか涙ぐむ。
[#改ページ]
風と月
子供よ 子供よ
どこへ行く?
はりがね持つて
どこへ行く?
風をしばりに
行くんだよ
だつてかあさん
ご病氣で
風が吹くのが
さみしいの。
子供よ 子供よ
どこへ行く?
ふろしき持つて
どこへ行く?
月をつつみに
行くんだよ
だつてかあさんは
ご病氣で
月が照るのが
かなしいの。
[#改ページ]
あがり双六
あがり双六《すごろく》
東海道
五十三次
長道中《ながどうちゆう》。
振つた賽《さい》ころ
ころがして
目數《めかず》かぞへて
急《いそ》ぎやんせ。
泊りかさねて
おくれると
連《つ》れは追ひ越す
先へ行く。
わけて箱根と
大井川
たんと氣をつけ
通りやんせ。
さても御無事《ごぶじ》で
長道中
あがりや西京
花ざかり。
花を見ながら
御褒美《ごほうび》の
お菓子たくさん
食《た》べしやんせ。
[#改ページ]
雲の羊
ふはりふはりと
空をゆく
雲の羊に
乘りたいな。
空の牧場を
ひとめぐり
乘つてまはれば
たのしかろ。
ちりんちりんと
鳴る鈴は
羊のくびに
ないけれど、
かはりにぼくが
口笛を
じやうずに吹いて
ひびかせる。
思ふだけでも
うれしいな
雲の羊に
乘りたいな。
[#改ページ]
口わる烏
いつも學校の
ひけどきに
口《くち》わる烏《からす》が
やつて來る。
今日もあたいが
算術で
乙をとつたら
知つてゐて、
屋根にとまつて
下《した》向《む》いて
大きな口で
ガアと啼《な》いた。
石をほうつて
やりたいが
甲でなかつた
はづかしさ。
今度はきつと
甲とらう
口わる烏が
笑ふから。
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