胡蝶《こちょう》の精にでもなったように思われて、思わず足どり軽く踊りはじめるのでありました。
『さあ、それでは馬車へお乗り。だが、いっておくがね、舞踏会には夜半《よなか》の十二時までしかいられないのだよ。それから一分でも過ぎようものなら、この馬車はもとの南瓜になるし、馬は二十日鼠になるし、馭者は鼠になるし、この美しい服はもとのぼろ服になってしまうんだよ。』
『わかりました。それでは、かならず十二時前に帰ってまいります。』
 シンデレラは、かたくお婆さんに約束をして馬車に乗りました。馭者が、ピュッと鞭《むち》を鳴らすと、馬車はしずかに動いて行きました。
 このりっぱな六頭立の馬車が、御殿へついた時、番兵は驚いて知らせに行きました。
『どこのお姫さまか存じませんが、それはそれは美しいお姫さまが、只今《ただいま》、六頭立の馬車でお越しになりました。』
 それを聞いた王子さまは、わざわざ出迎えに出て、シンデレラの手をとって、馬車から助けおろし、広間へ案内しました。
 美しい広間では、今しも大勢の人が踊っていましたが、王子さまが案内して来た美しいお姫さまを見ると、みんな踊をやめて見とれてしまいました。バイオリンを弾いていた楽手達も、同じように見とれて、弾く手をやめてしまいました。
『いったい、どなただろう? ついぞ見かけたことのない方だが……』
『まったく、絵のなかから、ぬけて来たような方だ!』
 こんなささやきが、あちこちで起りました。
 王子さまは、一番上席へシンデレラを腰かけさせました。そして、お茶やお菓子や果物をすすめました。
 やがて、音楽がはじまると、待ちかねた王子さまは、さっそくシンデレラと踊りました。二人のステップはよく合います。二人は、風のなかの花びらのように、かるがると踊りました。それは、なんともいわれない楽しさでした。
 踊り済むと、シンデレラは、自分の姉さんたちが腰をかけている長椅子に腰をかけました。そして、王子さまからいただいた蜜柑《みかん》をわけてやりました。
『まあ、ありがとう存じます。わたしたちに、こんなに御親切にしていただいて……』
 二人は、このお姫さまから、わざわざ蜜柑をいただいたことを、たいそう光栄に思って、ていねいにお礼をいいました。
 シンデレラは、くすぐったいような気持がしました。
 それから、シンデレラは、何度も王子さまと踊って、楽しい時間を過しました。そのうちに、時計の針はめぐって、十二時近くになりましたので、お化粧室へ行くようなふりをして、そっと外へ出て、また馬車に乗って帰って来ました。
『どうだったね? 楽しかったかい?』
 お婆さんが迎えてくれて、そう尋ねました。
『ありがとうございました。ほんとうに楽しい舞踏会でした。王子さまと、何度も踊りましたわ。』
『よかった、よかった。さあ、それでは家まで送って行ってあげよう。』
 家へ帰って来た時には、もとのぼろ服の、シンデレラになっていました。

    落した靴

 次の日の朝、姉娘たちは、シンデレラをうらやましがらせようと思っていいました。
『昨夜《ゆうべ》の舞踏会は、とてもおもしろかったよ。それに、美しいどこかのお姫さまが、わたしたちのそばへ来て、王子さまからいただいた蜜柑を、わざわざ下すったんだよ。』
『大勢いたけど、わたしたちは、やっぱり、目につくのねえ。』
『それはそうよ。あのお姫さまは別だけど、わたしたちほど、りっぱな服を着ている者はいないのだもの。』
 シンデレラは、ほほえみながらいいました。
『まあ、そのお姫さまは、どんなにきれいな方でしょう! あたしも行って、その方を見たいわ。』
『わたしたちは、今夜も踊りに行って、またお目にかかるのよ。うらやましいだろう?』
 シンデレラは、いいました。
『姉さんのふだん着でもいいから、貸して下さらない? あたしも一度でいいから、舞踏会へ行ってみたいわ。』
『だめ、だめ、あんたのような燃えがら姫に貸したら、一度でよごされてしまうわ。』
 シンデレラは、この意地わるの姉娘たちと、それ以上、話す気持になれませんでした。
 その晩も、姉娘たちは、きれいに着飾って舞踏会へ行きました。
 シンデレラも、そっと家を出てお婆さんのところへ行きました。お婆さんはシンデレラを、昨夜よりももっと美しくしました。そして昨夜とおなじ六頭立の馬車で行かせました。
 王子さまは、シンデレラの来るのを待っていましたから、たいそう喜んでいいました。
『昨夜はいつお帰りになったか知りませんでした。それで、お見送りもしないで、大変失礼いたしました。』
 もちろん、王子さまに見送られては大変です。今夜もそっと帰らなくてはならないと、シンデレラは考えました。けれど、王子さまと楽しく踊っているうちに、いつ知らず時間がたって
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