、広間の大時計が十二時をうち出したので、すっかり驚いてしまいました。
シンデレラは、あわてて王子さまのそばを離れ、足の早い鹿のように、広間を飛び出しました。王子さまも驚いて、すぐに後を追いましたが、とうとう追いつくことはできませんでした。ただ、あんまり急いだシンデレラが、片方の足のガラスの靴のぬげたのを、拾う暇もなく逃げ出したので、王子さまはそれを拾いあげました。そして、門を守っている番兵のところへ行って、
『あのお姫さまを見かけなかったか?』
と、尋ねますと、
『はい、見かけませんでした。ただ見すぼらしい服を着た娘が、出て行っただけでございます。』
と、答えました。
『そうか。』
王子さまは、残念そうに、そう言って溜息をつきました。
王子様の花嫁
シンデレラは、息をきらしながら、家へ帰って来ました。そして、屋根裏の、きたない自分の部屋に入って、
『ああ、よかった。』
と、ほっと安心しました。
ただ一つ、残っている片方のガラスの靴が、楽しい夢のかたみとなりました。シンデレラは、それを戸棚のなかにしまいました。
さて、王子さまは、美しいお姫さまのことが忘られません。どうかして、このガラスの靴をたよりに、探し出したいと思って、
『この小さなガラスの靴に、ぴったりと合う足を持った少女と結婚する。』
という、お布告《ふれ》を出しました。
家来たちは、ガラスの靴を持って、これはと思う娘たちのところへ行って、はかせてみましたが、みんな合いませんでした。とうとうシンデレラの家へも、家来たちがやって来ました。姉娘たちに、はかせてみましたが、やっぱりだめでした。
シンデレラは、そのガラスの靴が、自分のものだと、すぐに知りましたから、
『あたしに、合わないかしら?』
と、笑いながらいいました。
すると、姉娘たちはふき出して、
『なんて図々しいことをいうんだろう!』
と、あざけりました。
けれど、家来たちは、シンデレラが美しいのを見て、ぜひ試させたいと思いました。
『どうぞ、はいてみて下さい。』
そこで、シンデレラ[#「シンデレラ」は底本では「シンデラ」]は、その靴に足を入れました。ところが、どうでしょう! まるで蝋で型をとった靴みたいに、ぴったりと合いました。
『や、や、や! あなたでした。あなたでした!』
家来たちは、驚いてしまいました。
姉娘たちも、驚いて顔色を変えました。
シンデレラは、屋根裏の戸棚から、もう一つのガラスの靴をとり出して来て、片方の足にはきました。もう疑う余地はありません。
そこへ、いつの間にか、魔法使のお婆さんが来ました。
そして、シンデレラの身体にちょっと杖をあてますと、ぼろ服はたちまち美しい服に変りました。姉娘たちは、思わずその前にひれ伏してしまいました。
『シンデレラさん、どうぞ許して下さい。わたしたちは、意地わるばかりしました。』
『ほんとに、長い間、苦しめました。さぞ、辛かったでしょう。どうぞ許して下さい。』
二人は、心からお詫《わび》をしました。
そこへ、お母さまも来ました。お母さまも泣いてあやまりました。
『シンデレラや。どうぞわたしをぶっておくれ、たたいておくれ、蹴っておくれ。』
お母さまは、気が狂ったようにいいましたが、もともとやさしい気だてのシンデレラは、すこしも怨《うら》みがましいこともいわず、ただうれし泣きに泣いて許しました。
ああ、そのために、シンデレラは、いよいよ美しく、光りかがやいて見えました。家来たちは、シンデレラが美しいばかりでなく、心も美しいことを知りました。この方よりほかに、王子さまの結婚なさる相手はいないと思いました。
『さ、一刻も早くお城へまいりましょう。王子さまはお待兼ねでございます。』
家来たちは、シンデレラにお供をして、お城へ行きました。王子さまのお喜びは、たとえようもありません。
それから間もなく、賢い王子さまと、美しいシンデレラの結婚式が、国中の人々の祝福の間に行われました。そして、いつまでも凋《しぼ》むことを知らぬ、白と紅《あか》の薔薇のように、二人は楽しく幸福でありました。[#地から2字上げ](おわり)
底本:「世界名作物語」少女倶樂部六月号附録、大日本雄辯會講談社
1937(昭和12)年6月1日発行
※「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に基づいて、底本の表記をあらためました。
※底本は総ルビでしたが、一部を省きました。
※冒頭の「シンデレラを讃う」は、底本では巻頭の口絵に掲載されています。
入力:大久保ゆう
校正:鈴木厚司
ファイル作成:
2003年12月1日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www
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