ゐたので、とにも角にも穴をあけずに済んだのよ。やつぱり恋人のおかげだつたわ。かうなるともう私も黙つて謝まるより外はない。
芝居の世界には何かと珍談がある。恋文を貰ふことなど、役者ともなれば自然多いことだし、多ければ自然扱ひも粗略になることだし、舞台に出る真際などに受取つて、ついそれを衣裳のポケットに突つ込んだまゝ忘れるなどといふことはざらにあるといつてもいゝだらう。狂言が変れば全部衣裳方の手に戻り、改めて手入れなどしてからまた出されるのだが、そのまゝ、ポケットの中に残つて、別な役者の手でそれが読まれたりする場合だつてないわけではない。そんなことからどんな飛んでもない事件が起つたりするか、これは諸君の御想像におまかせする。
可笑しいのは小道具に使はれる恋文である。鹿爪らしい顔をして舞台の役者はそれを読んでゐるが、実際は何が書いてあるか知れたものではない。毎日狂言方が書いたりするのだが、どうかするとその役者への貸金などの催促が書き込まれてゐて、すつかり腐らせられてしまつたといふやうなこともあるが、勿論これは真面目な劇団の話ではない。
恋人は捨てきれるが、恋文はちよつと捨てきれぬも
前へ
次へ
全10ページ中4ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
高田 保 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング