り決裂する例を、わたしはしば/\ならず見てしつてゐる。ヒットラーもチェンバーレンも、平和を愛好するといふことでは一致したのだ。しかし、とそれから問題が紛乱したのである。私は声を呑んだ。そして先方のしかしから以下を聴かうとした。だが家主さんの方も同じく声を控へた。私の方は柄にもない警戒心からであつたが、家主さんの方は慇懃なる儀礼からであつたらう。私はその時のその人の人相に感動した。円満な顔つきの上に福徳の微笑をたゝへながら、私のいひ出すしかし以下の言葉を迎へようとしてゐたのだ。あゝこのことがすでに世の常の家主ではない。かういふ長者に対して、どうして家賃の高下などいひ出せようぞ。
 しかし、と私はやつといつた。敷金は幾つですか? はい、三つといふことにしてはあるのですがな、と長者は答へた。この語法を篤と吟味して戴きたいと思ふ。してあるのですといふのと、してはあるのですが、といふのとでは天と地の相違ではないか。だが私は途端に、三つにも幾つにもまだ肝腎の家賃について尋ねてゐなかつたことに気がついたのであつた。しかしその一体、家賃はいかほどなのでせうか? すると長者はまたその語法に従つてかう答へ
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