らずトルコ兵の陣営の中を、さまよひ歩きました。
そのうちに彼は再びイギリスの軍司令部へぶらりと出て来ました。そのときには彼の左手は、指先の傷口から毒がはいつて、手くびの上まで腐りおちてゐました。イギリスの軍医は仕方なく、その左の片腕を切り落しました。
すると、ふしぎにも、それ以来、乞食は急に口がきけるやうになりました。彼は司令官に向つてトルコ軍の作戦計画を話しました。軍の配置やすべての砲台の位置をもくはしく、はつきりと述べました。
彼にも、この報告がイギリス軍にとつて、どんなに貴重なものであるかゞ、分つてゐました。このためにイギリス兵のいかに多くが、むだな死から救はれるか分りません。しかし、反対に彼の命は最早だん/\に亡びかけてゐます。彼は、いたるところで止むなく腐り水を飲んだのがたゝつて、腕の切断にひきつゞき、はげしい赤痢にかゝつてゐます。
軍医たちは一生けんめいに彼の治療と看護とにつとめてゐました。しかし彼はアゼン市の近くにある小さな村の名前を告げ、そこへかへれば、きつと病気もなほる、そこには彼の妻と、三人の、かはいゝ子供たちがまつてゐるのだと語りました。
彼の妻は白人で
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