までかけ上り、にげるのにも、大屋根の真上を、平地のやうに、かけとぶといふ、したゝかもので、この手ぎはでは、むろん前科もあるにちがひないのですが、何しろ耳も聞えず、口もきかないのですから、署でも手こずりました。
で、ためしに、ほんたうの唖をつれて来て、手真似で対話をさせて見ましたが、犯人には、その手真似も一さい通じません。かゝり官はとう/\、その警察署附きのロバート・ホームスといふ牧師をよんで、やさしく、さとして見てもらふことにしました。
犯人はたゞの人のやうに、きちんとした身なりをしてをり、相当に物わかりもよささうな顔つきをしてゐるのですが、ホームスさんが来て、いろ/\おだやかに話したり、さとしたりしても、やはり、何にも聞えないふりをして取合ひません。
署では困りはてゝ、ともかく、そのまゝ留置場の一室へおしこんでおきました。
ところが、看守人たちは、この唖に午飯をはこんでやるのをわすれてしまひました。それから、念入りに午後のお茶も夕飯までも、すつかりわすれてあてがひませんでした。
すると、夜になつて唖は部屋の中で、ドタン、バタンとさわぎ出しました。その物音で看守人たちはそこに
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