ポタミヤの消印があるので、むろん、すぐに、ウ※[#小書き片仮名ヲ、390−下−6]ルターからだとは感づきましたが、それにしても、こんな草つ葉なぞを何の意味でよこしたのだらうと、けゞんに思ひながら、注意ぶかく葉つぱを、ほどきのばして見ますと、しまひに草の間から、古けた紙にかいた手紙を小さくちぎつたのが、かたまつて出て来ました。
「ふゝん、かうして検閲官の目をくらませたのだな。」と牧師は胸ををどらせながら、苦心をして、そのきれ/″\を、すつかりつなぎ合せました。するとけつきよく三通の完全な手紙が出来上りました。
 ウ※[#小書き片仮名ヲ、390−下−15]ルターは例の片腕を切り落された貴い愛国の勇士を、やはり、じぶんだとは言はず、どこまでも、或知合ひの、遊牧民上りのアラビア人としてかき続けてゐるのでした。
「親愛なる牧師殿よ。かの片腕のアラビア人は赤痢のためにおとろへつくした、敗残のからだ[#「からだ」に傍点]を引きずつて、とう/\アデンの町までたどり着きました。赤やけた夕日は丁度あたりの棕梠の林の上に沈みかゝつてゐました。
 彼は最早、これ以上歩くことも出来ないため、虫のやうに、はひずりながら、そこから少し先の村にある、彼の家を目ざして、にじり動きました。彼は月光のみなぎつた砂地を横ぎつて、やつとのおもひでわが家のそばの林の下まで来ました。もう一と息でその林をくゞり出れば、彼のこひしい妻と三人の子供との手を取ることが出来るのだと思ふと、半死人のごとくに、へと/\になつた彼自身の中に、急にあたらしい命が注ぎ入れられたやうに元気づきました。彼は思はず立ち上つて走り出しました。しかし林をくゞりぬけると同時に、彼は、あッと叫んで倒れころがりました。彼の家は、すつかり焼け落ちて灰のかたまりだけになつてゐるではありませんか。彼はおどろきのあまり、そのまゝ気絶してしまひました。
 牧師殿よ、しかし神のお恵みのありがたさ。彼はやがて、何だか真つ黒な眠りから目ざめるやうな気持で、かすかに目を見ひらきました。まだ、すべてが、わけの分らない夢のやうで、はつきりしませんでしたが、ともかく彼はだれかの膝の上にかき抱かれて両手をかたく握られてゐました。変だなと、ぼんやり気づいたとき、彼の顔の上へ、ぽた/\と熱い涙がしたゝり落ちました。
「おゝ、あなたよ。」と喜ぶ、女のアラビア言葉は、まがひもない、やさしい彼の妻の声でした。彼女は彼の耳に口をつけて、さゝやき、再び彼を、この村での、もとの唖にさせてしまひました。しばらくして彼女は彼を背中におぶつて歩き出しました。それから、途中でいくどとなく彼を下して休ませ休ませしながら、つひに、五六マイルはなれた、彼女の父親の家へはこびこみました。
 彼の気分がやつとたしかになつたとき、妻は彼の家が焼かれたいきさつ[#「いきさつ」に傍点]を話しました。数週間前の或午後、騎馬のトルコ兵の一隊が北の方から彼の村へやつて来て、危険だから、すぐに沙漠の中へ立ちのけとやさしく彼女たちに言ひわたし、着のみ着のまゝで追ひ立てたものださうです。彼女は沙漠の上に夜が下りかゝるのをまつて、子供たちをつれて家のやうすを見にかへると、家はいつの間にかすつかり焼きはらはれてゐたのだといひます。
 村の女たちの話では、トルコ兵は家々の中へはいりこんで、値のあるかぎりのものをすつかり掠奪し、小さな畠の作物や、コーヒーのとりいれをまで、こと/″\くうばひとつた後、家をやきはらつて行つたのださうでした。
 彼女は仕方なしに三人の子供を母親のところにあづけ、焼けのこつた或家に、一人で身を寄せて、あくる日からまいにち、昼も夜も、つゞけさまに彼女の家の焼けあとに坐つて彼がかへつて来るのを待つてゐたのでした。戦争前から、どこにゐるのか、たゞの一どもたよりをよこさない彼が、何といふわけもなく、きつと今にも、ひよつこりと帰つて来るやうな気がして、一日に一度、夕方に食事にかへる以外には、たえず、あの林の下で待ちくらしてゐたといふのです。
 ふしぎにも彼は全くそのとほり、かうして彼女の下に、彼の最愛な三人の子供の下に、かへつて来たのです。
 彼は今、百合の花のごとくに純情な彼の妻と、小猫のごとくに可愛らしい子供たちとにまもられて、無限の幸福の下に、少しづゝ健康をとりかへしてゐます。しかし、僅かな体力が再び彼にかへるにつれて彼は、又つぎの任務を――イギリスのために尽すべき最後の努力を考へ夢みてゐます。」
 第一の手紙はこれで終つてゐます。ホームス牧師はいつしか目に涙をにじませながら、つぎの一通をとり上げました。


    四

 ウ※[#小書き片仮名ヲ、392−下−2]ルターは再びよろ/\歩けるやうになると、すぐにアデンの町へ出かけました。そしてトルコ兵やドイツ人たちの隠謀
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