、つい火気《かっき》で目がくらんで子どもをはなしてしまい、じぶんも間もなく橋と一しょに落ちこんで流れていったのだと話していました。隅田川《すみだがわ》にかかっていた橋は、両国橋のほかはすべて焼けおちてしまいました。
 浜町《はまちょう》や蔵前《くらまえ》あたりの川岸《かわぎし》で、火におわれて、いかだ[#「いかだ」に傍点]の上なぞへとびこんだ人々の中には、夜《よ》どおし火の風をあびつづけて、生きた思いもなく、こごまっていた人もあり、中にはくび[#「くび」に傍点]のあたりまで水につかって、火の子が来るともぐりこみ、もぐりこみして、七、八時間も立ちつづけていた人もあったそうです。

       三

 こういう話をならべ上げればかぎりもありません。
 同時に、一方では、あのおそろしい猛火と混乱との中で、しまいまで、おちついて機敏に手をつくし、または命をまでもなげ出して、多くの人々をすくい上げた、いろいろの人々のとうといはたらきをも忘れてはなりません。たとえば、これまで深川の貧民たちのために尽力していた、富田老巡査のごときは、火の危険な街上にしまいまで立ちつくして、みんなを安全な方向ににが
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