本をかゝへて、小学校の生徒としてこの世に生れて来ただけのものでした。
ほんとに私も、はじめの間は、ずゐぶんぶたれました。木びき工場をしてゐる私の家からは学校はかなり遠いのでした。それに私のところは、冬は日の出るのがおそいので、よく、遅刻しました。後には毎晩のやうに手の指や背中や、そこらじゆうに、ぶたれたあとの赤いあざ[#「あざ」に傍点]をつけてかへるので、父は、私を寄宿舎へ入れました。
しかし、寄宿舎はとても、つらくて、なれるまでが中々でした。それは寄宿生にとつてはクロック先生のほかに、クロック夫人がゐるからです。夫人は先生よりも、もつと意地のわるい女です。その上に小さなクロックの一群までがゐるのです。その子たちは、寄宿生をはしご段で追つかけまはします。フランス人はみんななまけものだとどなります。たゞ幸なことに、日曜に母さんが私に会ひに来てくれるときには、いつも食べものをどつさりもつて来ました。
クロックの家中のものは、だれもかれも大もの食ひなので、母さんのもつて来たものをぱく/\食べました。それで、私だけはこの家の人たちが、かなりよく世話をしてくれるやうになりました。
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