う。羽織は黄八丈である。藤さんのだということは問わずとも別っている。
「着物が少し長いや。ほら、踵《かかと》がすっかり隠れる」と言うと、
「母さんのだもの」と炬燵《こたつ》から章坊が言う。
「小母さんはこんなに背が高いのかなあ」
「なんの、あなたが少し低うなりなんしたのいの。病気をしなんすもんじゃけに」と初やが冗談をいう。
「女は腰のところを下帯で紮《から》げて着るんですから」と言って、藤さんはそばから羽織の襟を直してくれる。
「なぜそうするんでしょう」
「みんなそうするんですわ。おや、羽織に紐がございませんわね」
「いいえけっこう」というと、初やが、
「まあ、お二人で仲のいいこと」と言いさま、きゅうにばたばたとはげしく煽ぎだす。
「まあ」と藤さんは赤い顔をしている。

 蜜柑箱を墨で塗って、底へ丸い穴を開けたのへ、筒抜けの鑵詰の殻《から》を嵌《は》めて、それを踏台の上に乗せて、上から風呂敷をかけると、それが章坊の写真機である。
「またみんなを玩具《おもちゃ》にするのかい」と小母さんが笑う。この細工は床屋の寅吉に泣きついてさせたのだという。章坊は、
「兄さんを写してあげるんだから、よう
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