や初やなどに会うのが気になった。二人が何とか藤さんの身の上を語って、千鳥の話を壊《こわ》しはしまいかと気がもめた。
 小母さんは帰ってくるやいなや、
「あなたお腹《なか》がすいたでしょう。私気になって急いで帰ったのでしたけど」と、初やにお菜《さい》の指図をして、
「これから当分は何だかさびしいでしょうね。まったく不意にこんなことになったのですよ」と、そろそろ何か言いだしそうであったから、自分はすぐ、
「あの豆腐屋の親爺さんは、どういう気であんなに髯《ひげ》を生やしているんでしょう。長い髯ですね」と言って、話の芽を枯らしてしまった。
 それ以来小母さんたちがちょっとでも藤さんの事を言いだすと、自分はたちまち二日の記憶を抱いて遁《に》げて行くのであった。どんな場合でもすぐ遁げる。どうしても遁げられない時には、一生懸命にほかのことを心の中で考え続けて、話は少しも耳へ入れぬようにしていた。後には、小母さんも藤さんの事は先方から避けていっさい自分の前では言わなくなった。初やも言い含められでもしたのか、妙に藤さんの名さえも口に出さなかった。二人で何とか考えての事かもしれないと思ったが、そんなことは
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