《みかん》を積んでいる。
と、
「まあ誰ぞいの」と機を織っていた女が甲走《かんばし》った声を立てる。藁の男が入口に立ち塞《ふさが》って、自分を見て笑いながら、じりじりとあとしざりをして、背中の藁を中へ押しこめているのである。
「暗いわいの」と女がいうと、
「ふふふ」と男は笑っている。打とけた仲かもしれない。
ふたたび藤さんの事を考えつつ行く。初やは事情を知っているかもしれぬ。あれに喋《しゃべ》らせてみようかしらと思う。
このあたりはすべて漁師《りょうし》の住居である。赤ん坊を竹籠へ入れて、軒へぶらぶら釣り下げて、時々手を挙げて突きながら、網の破れをかがっている女房がある。縁先の蓆《むしろ》に広げた切芋へ、蠅が真っ黒に集《たか》って、まるで蠅を干したようになっているのがある。だけれど、初やに聞くというのは、何だか、小母さんが言わないでいることを蔭へ廻って探るようで変である。聞くまい。知れる時には知れるのだ。自分はなぜこんなに藤さんの事を気にするのであろう。たんに好奇心というにすぎないのであろうか。
この時自分は、浜の堤《つつみ》の両側に背丈よりも高い枯薄《かれすすき》が透間《すきま》もなく生え続いた中を行く。浪がひたひたと石崖《いしがけ》に当る。ほど経て横手からお長が白馬を曳いて上ってきた。何やら丸い物を運ぶのだと手真似で言って、いっしょに行かぬかと言うのである。自分はついて行く気になる。馬の腹がざわざわと薄の葉を撫《な》でる。
そこを出ると水天宮の社《やしろ》である。あとで考えると、このへんで引き返しさえしたらよかったのに、自分はいつまでも馬の臀《しり》について、山畠を五つも六つも越えて、とうとお長の行くところまで行ったのであった。谷合いの畠にお長の双《ふ》た親《おや》と兄の常吉がいた。二三寸延びた麦の間の馬鈴薯を掘っていたのである。
「まあ、よう来てくれなんしたいの」と言ってみんなで喜ぶ。爺さんは顔じゅうを皺にして、
「わしらはあんたが往《い》んなんしたあと、いつまでもあんたの事ばかり話していたんぞ」とにこにこする。
「はあ死ぬまで会われんのかいと思うたに」と母親が言う。自分は小さい時の乳母にでも会ったような心持がする。しばらくいろいろの話をする。
やがて双た親は掘りはじめる。枯れ萎れた茎の根へ、ぐいと一と鍬《くわ》入れて引き起すと、その中にちらりと猿
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