、鴎のような話ね。――蟹を召しあがれば買ってくるつもりなの?」
「ええ、はあ買うたるのよの。午に煮ようかと思うんでがんさ。はあじきにお午じゃけに。――食べなんしたことががんすのかいの」
「食べるけど、あれは厄介《やっかい》なばかりでしかたがないや」
「おいしいものですけれどね」
「それはうもうがんすえの。それにこのごろは月がないころじゃけになおさらうまいんでがんすわいの。いいえ、ほんとでがんすて。月夜にはの、あれが自分の影に怖れてびくびくするけに痩せるんでがんすといの」
 村の水天宮様の御威徳を説く時の顔つきである。
「ほほほ」
「おもしろいな、それは」
「そんなら食べなんすか」
「食べるよ」
「じゃ、よかった」と、またあちらへすたすたと、草履の踵《かかと》へ短い影法師を引いて行く。
 鳩は少しも人に怖れぬ。

 自分は外へ出てみたくなる。藤さんは一人で座敷で縫物をしている。いっしょに浜の方へでも出てみぬかと誘うと、
「そうですね」と、にっこりしたが、何だか躊躇《ちゅうちょ》の色が見える。二人で行ったとて誰が咎《とが》めるものかと思う。
「だってあんまりですから」と、ややあって言う。
「何が」
「でもたった今これを始めたばかりですから」
「ついでに仕上げてしまいたいのですか」
「いいえ、そうじゃないのですけど、何だか小母さんにすまないから。――あたし行きたいんですけれど」
「では行けばいいじゃありませんか」
「そんなことはかまわないんですけどね、あたしこちらへまいってから、いつも鬱《ふさ》いでばかりいて、何一つろくにお手伝いしたこともないんでしょう」
 自分は立膝をして、物尺《ものさし》を持って針山の針をこつこつ叩いて、順々に少しずつ引っこませていたが、ふと叩きすぎて、一本の針を頭も見えないようにしてしまう。幸にそれにはちょっとした糸がついていたので、ぐいとその糸を引くと、針はすらりと抜ける。
「もう一と月からになるのですのに、ずっと私そんなでしたものですから、今日は気分はいいし、私の方からそう言って、これを言いつかったのですのに」
「かまわないや、そんなことは」
「だって女はそうも……」と、針に糸を通す。
 自分は素直に立って、独りで玄関へ下りたが、何だか張合が抜けたようでしばらくぼんやりと敷居に立っている。
 と、
「兄さん」と藤さんが出てくる。
「あそこに水天
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