よ/\。この子は私の紅宝石《ルービー》だものを、この子をおいてはかへれない。」といふ意味を謡《うた》でうたひながら、赤ん坊の寝顔を見つめてゐました。
すると、外からは、
「そんなら二人でおかへりなさい。紅宝石《ルービー》をだいて二人で。」と謡ひます。お母さまは、しばらく黙つてゐました。そのうちに、外の声は、また、
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「蜘蛛の梯子《はしご》が下りてゐる。
おまへが七年ゐないとて、
星の二人は泣いてゐる。」
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と、また謡ひ出しました。赤ん坊はふと目をさまして泣き出しました。お母さまは、そつとそのお背中をたゝいて、
「ねん/\よ、ねん/\よ。かへれ/\と言つたつて、玉の飾りの着物がない。」と、悲しさうに謡ひました。
赤ん坊はまたすや/\と眠りました。
それからしばらく、何の声もしませんでしたが、やがてまた外の月のあかりの中から、
「鍵をおさがしなさい。お前の着物のかくしてある、小さなお部屋の金の鍵を。」と小さな美しい声で謡ひました。
男の子は、その謡を聞いてゐるうちに、一人でに、うと/\と眠つてしまひました。さうするとその子の夢の中へ、二人の美しい女の人が出て来て、
「いゝ子だから、二階のあのお部屋の戸をあけて下さい。さうすればおまへのお母さまはもう泣きはしないから。」と言ひました。男の子は朝、目がさめると、お母さまに向つて、
「私《わたし》は昨夜《ゆうべ》、だれかゞお母さまに早くおかへり/\と言つていくども謡つたのを聞いた。」と言ひました。お母さまは、
「おまへは夢でも見たのでせう。」と言ひました。そして、あとで一人でさめ/″\と泣きました。
男の子は、たしかに目をあいてゐて聞いたのですから、もしほんとうにお母さまがかへつてしまつたらどうしようと思ひ/\、いちんち昨夜の歌のことばかり考へてくらしました。
三
その夕方、男の子は、ゆうべ二人の女の人が、あの二階の部屋をあければお母さまはもう泣きはしないと言つたのを思ひだしました。そして、さうすればお母さまは、もう家《うち》へもかへりはしないだらうと思ひました。そのときお母さまは、下の二人の男の子と赤ん坊とに水あびをさせに、泉へいつてゐました。
男の子は、いそいで二階へ上つて、小さな金の鍵《かぎ》で、そこの部屋の戸をあけました。さうするとその部屋の中には、金と銀の糸でおつた、色々の宝石の飾りのついた、きれいな着物がかけてありました。
おろして見ますと、その着物の胸のところには、大きな紅宝石《ルービー》がついてゐました。飾りの宝石もその紅宝石《ルービー》も、ちようど夜の空の星のやうに、きら/\とまぶしく光ります。男の子はびつくりして、その着物をお母さまに見せようと思つて持つて下りました。
しばらくするとお母さまは、二人の男の子と、赤ん坊とをつれてかへつて来ました。男の子は、
「母さま/\、こんなきれいな着物が二階にありました。着てごらんなさい。」と言ひました。お母さまは、それを見ると、うれしさうにほゝゑんで、すぐにからだにつけました。子どもたちは、お母さまがその着物を着て、きれいなお母さまになつたものですから、よろこんで踊りまはりました。男の子は、
「父さまがかへるまで、毎晩貸して上げる。そして父さまがかへつたら、私がたのんで、もらつて上げる。」と言ひました。お母さまは、
「今晩赤ちやんを寝かせるまで貸しといておくれね。」と言ひました。男の子は、
「それまで着て入らつしやい。」と言ひました。
男の子はその晩は、いつまでも眠らないで、床の中で目をあいてゐました。さうすると、間もなくまた、外の月のあかりの中から、うつくしいこゑで、
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「蜘蛛《くも》の梯子《はしご》が下りてゐる。
おまへが七年ゐないとて、
二人の星は泣いてゐる。」
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と、小鳥のやうなうつくしいこゑでうたふのが聞えて来ました。
それから、しばらく何の声もしませんでしたが、こんどは、赤ん坊に添へ乳《ぢ》をしてゐたお母さまが、
「ねん/\よ、ねん/\よ。わたしのかはい紅宝石《ルービー》を、どうしておいていかれよう。」と、謡《うた》ひました。男の子は聞いてゐるうちに、ひとりでにうと/\と眠くなつて、お母さまの声がだん/\に遠くの方へいつてしまふやうな気がしました。そしてそれなり、お日さまが出るまで、ぐつすり寝てしまひました。
男の子は朝、目をさまして、ゆうべの歌のことを言はうと思つて、お母さまをさがしますと、お母さまはどこにもゐません。男の子は、
「それでは、すゐれんの泉へいつたのだらう。」と思つて、そちらへさがしにいきましたが、お母さまはやつぱりそこにもゐませんでした。それでまた家《うち》へかへつて見ます
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