と、お母さまばかりでなく、小さな赤ん坊もゐなくなつてゐました。男の子は、
「これはきつと、悪いどろぼうが、お母さまと赤ん坊をさらつていつたのにちがひない。をとゝひの晩からの美しい歌は、きつと、どろぼうが母さまをだましてつれ出さうと思つて謡つたのだ。」と思ひました。見ると、お母さまに貸して上げた、あの玉の飾りのついた、きら/\した着物もありません。
 下の二人のこどもは、母さまがゐない、母さまがゐない、と言つて泣き出しました。男の子は二人をなだめて、森の中をさがしてまはりましたが、どこまでいつて見ても、お母さまはゐませんでした。二人の子どもは、
「母さまがゐないからこはい。母さまがゐないからこはい。」と言つて、どんなにだましても聞かないで、いちんちおん/\泣いてこまらせました。男の子もしまひには、
「母さま、かへつてよ。母さま、かへつてよう。」と言ひ/\泣きました。二人の子どもは、お腹《なか》がすいてたまらないものですから、よけいにわあ/\泣きました。
 男の子は、そのうちにふと、お父さまからあれほどきびしくとめられてゐたことを思ひ出して、
「あゝ、しまつたことをした。父さまの言ふことを聞かないで、二階の部屋の戸をあけたので、あの美しい玉の飾りの着物までなくなつてしまつた。父さまがかへつたら、何と言はう、母さまや、赤ん坊がゐなくなつたのも、きつと私《わたし》が父さまの言つたことにそむいたばち[#「ばち」に傍点]にちがひない。」
 かう思ふと、なほ/\かなしくなりました。
 間もなく日がくれて、美しい月夜になりました。男の子は二人の子どもを寝床へ寝かせようとしてゐますと、ふと入口の戸があいて、お母さまが、ゆうべの玉の飾りの着物を着てかへつて来ました。下の二人の子どもは、大よろこびで、お母さまに飛びつきました。
「母さまがゐないからこはかつた。」
「私《わたし》も怖かつた。」と二人はかはる/″\言ひました。お母さまは、
「もう私《わたし》がついてゐるから、何にもこはいことはありません。それよりも、みんなさぞお腹《なか》がすいたでせう。さあこれをおあがりなさい。」と言つて、大空からもつて来た、おいしい果物を分けてやりました。二人の子供はうれしがつて、どん/\食べました。しかし一ばん上の男の子は、それを食べようともしないで、
「母さま、赤ん坊はどこへいつたの。母さまは私《わたし》たちをおいていきはしないと言つたのに、どうしてよそへいつたの。」と聞きました。お母さまは、
「赤ん坊は私《わたし》の二人のお姉さまのそばで寝てゐます。私はこれからすぐにまたお家《うち》へかへつて、遠くから見てゐて上げるから、みんなでおとなしくおねんねをするのよ。またあすの晩もおいしいものをもつて来て上げるから。」と言ひました。男の子は、
「それではその玉の着物をぬいでいつてね。父さまが、あのお部屋をあけてはいけないと言つたのに、私《わたし》があけて出したのだから、父さまにしかられる。父さまがかへつたら、私がねだつて、もらつて上げる。」と言ひました。お母さまは、
「そんなことはいゝから、早くこの果物をおあがり。」と言ひました。男の子はさう言はれたので安心して、お母さまとならんで、そのおいしい果物を食べました。
 さうすると、だん/\に金の鍵のことも玉の飾《かざり》の着物のこともみんなわすれてしまひました。そしてお母さまが美しい着物を着て、美しい人になつてゐるのが、うれしくてたまりませんでした。


    四

 男の子は、もうお母さまはどこへも出ていかないものと思つて、安心して寝床へはいりました。すると、そのうちに、また、ふいと歌の声がするので目がさめました。ぢつと聞いてゐると、やつぱりゆうべと同じ美しい声で、
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「紅宝石《ルービー》がしきりと泣いてゐる。
日が出ぬうちにかへらねば、
馬の蹄《ひづめ》が糸を切る。」
[#ここで字下げ終わり]
と謡《うた》ひました。
 お母さまは、ちやうど一ばん下の子どもが目をさましたのを寝かしつけてゐました。外の声が止《や》むと、お母さまは、
「ねん/\よ、ねんねんよ。この子はこよひつれていく。この子にこゝで泣かれては、私《わたし》もお空で泣くのだから。」と、言ひ/\涙をふきました。
 一ばん上の男の子は、またひとりでに眠くなりました。そして、
「明日は母さまにさう言つて、赤ん坊をつれてかへつてもらはう。さうすれば母さまはもうじぶんのお家《うち》へかへらないですむだらう。」と、かう思ひ/\寝てしまひました。
 あくる朝目をさまして見ますと、お母さまは、いつの間にか、一ばん下の弟と一しよに、ゐなくなつてゐました。二ばん目の弟は、母さまがゐないと言つてわあ/\泣きました。男の子は、
「泣かなくてもいゝよ。母さま
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