し》は何にもほしくはない。あなたが私のお嫁になつてくれゝば何にもいらない。」と言ひました。
 星の女は、着物をとり上げられては、もう下界をはなれる魔力もなくなつたので、しかたなしに猟人のお嫁になりました。
 猟人は、星の女をだいじにかはいがりました。星の女の姿は、すゐれんの花のやうに美しく、その声は、どんな小鳥の声よりも、もつとやさしくひゞきました。
 猟人は毎日猟に出て、食べものを取つて来ました。そして星の女に、その日のいろ/\の楽しいお話をしました。
 しかし星の女は、そういふ中でも、大空のお家《うち》を忘れることが出来ませんでした。女は、月のでる晩には、一人ですゐれんの泉のそばに出て、大空を見ては泣きました。せめて二人の姉の星が、もう一ど下りて来てくれゝばいゝのにと思つて、待ちこがれてゐましたが、二人はだまつて青い目をまばたいてゐるきりで、毎晩蜘蛛の王さまが糸を下《おろ》しても、ちつとも下りて来ようとはしませんでした。


    二

 そのうちに、星の女には、つぎ/\に男の子が三人も生れました。星の女はその子たちが大きくなるのを、たゞ一つの楽しみにして暮しました。
 そのつぎには、かはいらしい女の子が生れました。星の女には、その女の子がかはいくつて/\たまりませんでした。
 或《ある》日|猟人《かりうど》の生れた遠い町からはる/″\使《つかひ》が来ました。猟人のお父さまが病気で死にかゝつてゐるといふ知らせです。猟人はびつくりして、
「私《わたし》はこれからすぐにいかなければならない。」と言ひました。星の女はそれを聞いて、
「でもその長い旅の途中で、わるい獣にお殺されになつたらどうなさいます。」と言つて泣きました。猟人は星の女をなだめて、
「そんな心配はけつしてない。私《わたし》の父さまには私より外には子が一人もないのだから、どうしても私がいつて、やすらかに目を閉ぢさせて上げなければかはいさうだ。おとむらひをすませたら、すぐにかへつて来る。どうぞ子どもたちと一しよにまつてゐておくれ。七日たつたらかならずかへつて来る。」と言ひました。すると一ばん上の男の子が、
「私《わたし》は父さまと一しよにいつて、お祖父《ぢい》さまを見て来たい。」と言ひました。猟人は、
「お前はみんなと一しよに家《うち》にゐて、どろ坊の番をしておくれ。」と言ひました。男の子は、
「それでは、この森の先まで一しよにいつて、そこからかへつて来るの。そして、母さまと一しよにお家《うち》の番をするの。」と言ひました。猟人は、その子をつれて森のはづれまで来ますと、
「もうこゝからおかへり。これは家《うち》のお部屋中の鍵《かぎ》だから、おまへにあづけておく。」と言つて、鍵のたばをわたしました。そして、
「よく言つておくが、どんなことがあつても、二階の小さいお部屋へはいつてはいけないよ。そのお部屋の鍵穴にこの金の鍵がはまるのだが、あすこだけは、けつして開けてはいけないよ。」と、いくども言つて聞かせました。男の子は分つた/\と、うなづきました。猟人は、
「では、なんにもこはいことはないから、おとなしく待つてお出《い》で。」と言つて、わかれました。
 男の子はまた森をとほつて、お家《うち》へかへつて見ますと、お母さまが戸口に立つて、しく/\泣いてゐます。男の子は、「どうして泣いてゐるの? 私《わたし》がかへつたから、どろ坊が来てもこはくはないでせう?」と言ひました。するとお母さまは、
「どろぼうなんかはちつともこはくはない。」と言ひました。
「それでは何が悲しいの?」
「だつて父さまは、もうこゝへかへつては入らつしやらないんだもの。」
「うゝん、さうぢやない。父さまはぢきかへると仰《おつしや》つた。」
「それから私《わたし》も、もうお家《うち》へかへらなければならないのよ。かへつたら、もう二度と出ては来られない。」
 お母さまはかう言つて、またさめ/″\と泣きました。男の子は、
「そんなら私《わたし》たち三人や、小さな赤ちやんをみんなおいていくの?」と聞きました。星の女は、さう言はれるとびつくりして、
「いや/\、私《わたし》はもうどんなことがあつてもかへりはしない。安心しておいで。あの赤ん坊やおまへたちをおいて、どうしてかへつていかれよう。」
 かう言ひ/\涙をふきました。男の子はそれで安心して、みんなと一しよにあそびました。
 するとその晩、男の子は、外の月のあかりの中で、だれかゞうつくしい小鳥のやうな声で、しきりと何か言つてゐるので目がさめました。
 聞いてゐると、その鳥のやうな声は、
「蜘蛛《くも》のはしごが下りてゐる、早くかへつてお出《い》でなさい。」といふことを、かなしいふしでうたつてゐます。
 そばで赤ん坊に添へ乳《ぢ》をしてゐたお母さまは、
「ねんねん
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