犬でせう。」と、目をほそめてにこ/\しました。
「パン屋さん、この犬は何といふ名まへなの。」と、人のいゝ、半ばかの女中は、そのきたならしい小犬をだいじにだき上げながら聞きました。
「名前はピエロです。」
おばあさんはそのピエロをもらつて、古い、シヤボンの空きばこの中へ入れました。まづ第一ばんに、水をくれてみますと、ピチヤ/\となめて飲みました。それから、小さなパンのきれを一つやりますと、すぐにもぐ/\食べてしまひました。
「いまにこの家《うち》へなじんだら、はなし飼ひにしてやればいゝよ。さうすれば、食べものは方々でさがして食べるだらうからね。」と、おばあさんは言ひました。
間もなくピエロは綱をとかれました。
ところが、この犬は、どんな見しらない人が来ても、ちつともほえつかないばかりか、かへつて尾をふつて、からだをすりつけにいくのです。ですから、だれだつて、畠へでもどこへでもはいれるわけでした。ほえるのは、たゞローズのところへ来て食べものをねだるときだけで、そのときには気ちがひのやうに、わん/\ほえまくりました。
おばあさんは、でも、ピエロをかはいがつて、とき/″\、食べあまりのシチュウの汁《しる》なぞを、小さなパンのきれへしませてもつて来て、じぶんの手から食べさせたりしました。
二
ところがおばあさんは、犬を飼ふのに税金がいるといふことを、ちつともしらないでゐました。その税金が八円だと聞くと、うゝんと言つて気絶しかけました。
「あの、ほえもしない犬に年に八円。うわァ。」
おばあさんは、さつそくだれかにくれてしまはうと言つて、方々へ話してまはりましたが、第一見るからいやな犬なので、だれ一人もらひ手がありません。おばあさんはこまりはてゝ、いつそのこと、すてゝしまふことにきめました。
村には犬のすて場がありました。ひろい原のまん中に、草ぶきの、ひくい小屋見たいなものがたつてゐます。そのひくい屋根の下は、粘土をとるための、二十尺ばかりの深いほり穴で、もちぬしは一年に一どぐらゐその中へ人を入れてほらすだけで、あとは年中ほつたらかしてあるのです。村のものはよくこの中へ、もてあました犬をなげこみました。
ときによると、二三びきの犬が、その穴のそこで、キーン/\と、かつゑてないたり、ウワ/\とおこりくるつてゐることがあります。猟犬や羊かひの犬なぞは、近
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