ンブーリンをひざの上におき、れいの薄荷のやうなにほひの出る薬の草を口にふくんで、
「アラー、/\、/\。」と、さけびながら、ふう/\煙をふきはじめました。ケリムはその間、シッ/\シッと口笛をならすやうな音を立てゝ、蛇をよびつゞけました。四人は四五分間もそれをつづけてゐましたが、蛇はてんで出て来さうにもありません。
 デラポールトは、何をするんだいと、半分はばかにしながら、なほすこしの間がまんして見てゐますと、間もなく、いくつものさそり[#「さそり」に傍点]がぞろ/\と部屋の壁の上や、いすの下からはひ出して来ました。デラポールトはそれを見ると、
「あッ。」と言つて立ちすくみました。と、まだ/\出ます。こんどは窓の日よけや、デラポールトのベッドの上の蚊帳なぞをつたはつて下りて来ます。すべてゞ二十ぴき以上もゐるでせう。それがみんな、のそ/\走つて、ケリムのひざのところへあつまりました。ケリムはそれを両手ですくひ上げては、羊の皮の袋の中へおし入れ/\しました。そして、
「どうです。」と、いふやうに、デラポールトの顔を見上げました。
「なるほど。しかしそれはみんなさそり[#「さそり」に傍点]ばかりで蛇は一ぴきもゐないぢやないか。」とデラポールトは言ひました。
「いえ、蛇もをります。」
 ケリムはかう言ひながら、こんどは、先《せん》とはちがつた音色でシッ/\/\とよびたてました。同時に、三人のものは、アラー/\/\と烟をはきながら、タンブーリンをヂャリン/\ポン/\ならしました。
 すると、間もなく、デラポールトの寝床のあたりから、ケリムのあいづと同じやうに、シッ/\といふ声がし出しました。と思ふと長さ四尺以上もある蛇が、によこりと寝床の下から出て来て、するすると、ケリムの方へ走りよつて来ました。よく見るとその蛇は、アラビヤ人がタボリックと言つてゐる、コブラ・カベラといふ毒蛇です。ケリムは、そのおそろしい蛇をむぞうさにつかまへて、袋の中へおしこまうとしました。
「おい、ちよつと待つた。」とデラポールトはさへぎりとめました。
「何でございます。」
「はッは、その蛇はほんとにこの家《うち》にゐたのかい。」
「ごらんのとほりです。」
「よろしい。ほんとに私《わたし》のうちにゐたものならば私のものだ。その蛇はおまいの袋なぞへ入れないで、こつちへおくれ。」と、デラポールトは、そばの棚《たな》の上から、口の大きな、びんをとり下《おろ》しました。中にはアルコールがはいつてゐます。言ふまでもなく、動物の標本用のびんで、とき/″\漁師たちが、ナイル河からきたいな魚をとつてもつて来るのを入れるために用意してあつたのです。
「さ、この中へ入れてくれ。」
「それは、しかし……」
「何がそれはしかしだ。私《わたし》の家《うち》の中にゐたものなら、どこまでも私のものぢやないか。おまいにはとにかく三十ピアスターのお金を上げるから、蛇だけはだまつてこの中へお入れなさい。それをぐづ/\お言ひだと、へんなことになつてしまふよ。そのわけを話さうかね。」
 ケリムは、かう言はれて、しぶ/\とその蛇をびんの中へ入れこみました。デラポールトは、手早くそれへキルクの口をして、その上をくる/\とかたくしばりつけてしまひました。
「もうゐませんか。」
「まだをります。」
 ケリムは、最初六ぴきはたしかにゐると言つた手まへ上、そのまゝ引つこんでしまふわけにはいきません。それでまたすぐに、ポン/\ヂャリン/\、シッ/\と、よび声やタンブーリンの音を立てゝ、つぎの蛇をよびました。
 するとこんどは前のよりは少し小さな蛇が、ひきだし台の下からのそ/\はひ出して、ケリムのそばへ走つて来ました。
 デラポールトは、またすぐにそれをほかのびんに入れさせて口をしました。
「さあ、これで二ひきになつた。もうゐないかい?」と聞くきますと、ケリムは、しぶりきつた顔をしながら、
「この部屋にはもうをりません。」
「では、どこにゐる?」
 ケリムは、つぎの応接間の方を向いて、
「あすこに一ぴきゐるやうなにほひがします。」
「ぢや、いつて見よう。」
 デラポールトは、つぎの大きなびんを二つ両わきにかゝへ、小使にも二つもたせて、どん/\応接間へはいつていきました。ケリムはこまり切つたやうな顔をしながら、その部屋からも一ぴきよび出しました。その蛇は音楽ずきの蛇だと見えて、ピアノの下から出て来ました。デラポールトはようし、と言ひながら、ケリムがいやさうな顔をするのもかまはず、さつさとびんの中へ入れさせました。
「これで三びきだね。あともう三びきはどこにゐる? え、おい。」
「あとはおだいどころにをります。」と、ケリムは泣き出しさうな顔をして言ひました。
「さあ、いかう。」とデラポールトは先に立つていきました。ケリムは、ま
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