きら/\光る着物を着て、くびに真珠のくびかざりをつけ、金の帯を結んでゐました。若ものはその美しい女を見ると、びつくりして笛をやめて、
「もし/\、妖女さん、こゝへ入らつしやい。どうぞ私《わたし》のお嫁になつて下さい。」とたのみました。妖女は、その若ものが、また海へしづむやうになつてはかはいさうだと思つて、
「さあ、早くあちらへおかへりなさい。私《わたし》たちは人間のお嫁になるわけにはいかないのです。第一人間は私たちの姿を見るものではありません。」と言ひました。若ものは、
「さう言はないで一しよに来てください。私《わたし》は一人でかへるのはいやです。」と言つて、そのまゝそこを動かうともしませんでした。妖女は、
「どうしてそんなに私《わたし》に来い/\とおつしやるのです。私のこの真珠のくびかざりがほしいのですか。さあ、これを上げませう。それともこの金の帯がおすきなのですか。それではこれも上げませう。」と言ひながら、その両方を、岸の上へ投げました。若ものは、
「いえ/\そんなものはいりません。私《わたし》はあなたがほしいのです。あなたのその珊瑚《さんご》のやうな口と星のやうなその青い目がすきなのです。私はあなたをもらつて、お母さまのところへつれてかへつて、小鳥のやうにだいじにして上げたいのです。」
かう言つて、くびかざりや金の帯には見向きもしませんでした。妖女はこの若ものが好きになりました。それで急いで岸へ泳いで来て、両方の手をさし出しました。
若ものはその手を取つて妖女を引き上げようとしました。
妖女の王さまや、小さな妖女たちは、下からそれを見てびつくりして、あわてゝ水の中をかけて来て、もう少しのことで王女の足をつかまへようとしました。しかし妖女といふものは、人間の子をすきだと思ふと、たちまち妖女の魔力がなくなつてしまふのでした。ですから、若ものは、それなりやす/\とその妖女を岸へ引き上げて、お家《うち》へつれてかへりました。
妖女の王さまや、小さな妖女たちは、だいじな王女が人間にさらはれてしまつたので、それはそれは悔しがつて、いきなり湖水のそこから、大きな/\大浪《おほなみ》を立てゝ、どん/\岸へぶつけ/\しました。大浪《おほなみ》はまるで悪魔のやうに荒れ狂つて、夜どほし、がう/\と岸へ乗り上げ、そこいらの森の立木《たちき》といふ立木を、すつかり引きぬいて持つていきました。
若ものゝふた親は息子がうつくしいお嫁をつれてかへつたので、たいへんによろこんで、すぐに御婚礼をさせました。村中の人は、その美しいお嫁さんを見て、びつくりしないものはありませんでした。しかし、家《うち》の人でさへも、まさかそれが妖女だらうとは気がつきませんでした。
若い二人は、ちやうど二つの小鳩《こばと》のやうに仲よくくらしました。みんなは、二人を見て、世の中にこれほど仕合《しあは》せな人はないだらうと思ひました。
妖女はどこを見てもちつとも人間とちがつたところはありませんでした。たゞよく気をつけて見ると、妖女が手にさはつたものは、かならず、そこだけしめり気がつきました。暑い/\夏の日にしをれて頭をかしげてゐる庭の花でも、妖女がそばへ来ると、ぢきに勢《いきほひ》よく頭をもち上げました。妖女はそのかはいらしいまつ白な指の先から、水のしづくを出して、あはれな花を生きかへらせるのでした。
若ものゝお母さまは、よくものに気のつく人でした。そのお母さまだけは、嫁の手がさはつたところには、きつとしめり気がのこるのを見て、一人でへんだ/″\と思ひました。
五
そのうちに、ぢきに一年たちました。すると妖女《えうぢよ》のお嫁さんには、男の子が一人生れました。
妖女は、人がだれもゐないときには、そつとたらひに水を入れて、生れたばかりの赤ん坊をその中へ入れました。すると、赤ん坊は魚のやうに、自由に水の中を泳ぎまはりました。その子どもは丈夫にどん/\大きくなりました。村中の人はみんな、その子のだいたんなことゝ、水を上手に泳ぐのとに、びつくりしてしまひました。男の子は、湖水を、こちらの岸から一ばん向うの遠い岸まで、さつさと泳いでわたりました。それから、人が何でも湖水の中へ落すと、すぐに水のそこへもぐつて、どんなものでも、またゝく間にさがし出して来ました。
それから、いく年もたつて、男の子は大きな大人になりました。お祖父《ぢい》さんやお祖母《ばあ》さんは、もうとつくになくなつてしまひました。お父さんも、もうだいぶ年よりになりました。
ところがたつた一人、お母さんの妖女だけは、いつまでたつても、お嫁に来たときとちつともかはらず、まるで息子の若ものと同じ年ぐらゐに見えました。
と、或《ある》夏、その地方にはたいへんなひでりがつゞきました。村々の畠《はた
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