け》といふ畠はすつかりこげついたやうに荒れてしまひますし、果物の畠も、そこらの木といふ木も一本ものこらず枯れてしまひました。それから、どこの家の井戸も、水がきれいに干上つてしまつたので、みんなはこまつて大さわぎをしました。
 ところが例の湖水だけは、あべこべに、どん/\水がふえて、だん/\と岸の上へあふれ出して来ました。今までひでり[#「ひでり」に傍点]でさわいでゐた村の人は、今度はまた急に大水におどろかされてあわて出しました。
 湖水の水は見てゐるうちに、おそろしい勢《いきほひ》で四方にひろがつて、今にも村中がのこらず、つかりさうになりました。
 若ものゝお母さんの妖女は、そのまゝぢつとしてゐると、じぶんたちの命もあぶないので、息子の若ものをつれて水のふちへ行つて、こつそりと、湖水の秘密を話しました。
「この湖水の下には私《わたし》のお父さまの、王さまが、水晶の御殿の中に住んでゐるのです。私たちは三人の姉妹《きやうだい》だけれど、三人ともみんなお母さまがちがつてゐて、一ばんのお姉さまを生んだのは、大空の雲だし、中のお姉さまは地に湧《わ》く泉のお腹《なか》に生れ、私《わたし》は草の葉にふる露のお腹《なか》に出来たのです。
 お父さまの王さまは、それは/\気のみじかいひどい人で、人間と、人間の住んでゐるこの地面とがにくゝなると、すぐに、私《わたし》たち三人のお母さまを湖水の底へよびよせて、一と間へおしこめてしまふのです。それだから、今度も地の上がすつかりひでり[#「ひでり」に傍点]になつてしまつて、そのかはりに、湖水の水だけがこんなにどん/\ふえて来たのです。
 これなりはふつておくと、おまへのお父さんもおまへも私も、今にみんな、村中の人と一しよにおぼれて死なゝければなりません。
 それで、ごくらうだが、お前はこれから急いで湖水の底へ行つて来て下さい。あすこにまるめろ[#「まるめろ」に傍点]といふ木が生えてゐるでせう? あの枝を一本をつて、それを持つて水の下へもぐつておいきなさい。さうすると、いろんなお化《ばけ》が出て来て、追ひかへさうとするから、そのときにはまるめろ[#「まるめろ」に傍点]の枝でなぐつてやれば、お化はみんなおそれてにげてしまひます。
 それからなほずん/\いくと、黄色いすゐれん[#「すゐれん」に傍点]の花がたくさんさいてゐるところへ来ます。その花の向うに、お祖父《ぢい》さまの水晶の御殿があるのです。水晶だから壁もすつかりすきとほつて、中に何千となくならんでゐる部屋/″\が一と目に見えます。その部屋は、どれもみんな、大きなダイヤモンドやエメラルドでかざつてあつて、柱にはルービーがいくつもはまつてゐます、部屋の戸口戸口には、羽根の生えた竜《りゆう》が、二ひきづゝ番をしてゐます。
 その竜がゐてもけつしておそれるにはおよびません、まるめろ[#「まるめろ」に傍点]の枝でなぐつてやれば、みんな石になつてしまひます。その部屋/″\をとほりぬけて、どこまでも、まつすぐに進んでいくと、一ばんしまひに、エメラルドの戸のはまつた、りつぱなお部屋へ来ます。そこがお祖父さんの寝室です。
 そのお部屋は、天井が真珠で張つてあつて、床はすつかり貝のから[#「から」に傍点]で出来てゐます。その中へはいると、いくつもならんでゐる大きな花瓶《くわびん》に、珊瑚《さんご》のやうな花と、黄金のやうな果物のなつてゐる木とがさしてあります。四方の壁には大きな水草《みづぐさ》の中からふき出てゐる、綿のやうな蜘蛛《くも》の網が、一ぱいたれてゐます。その壁かけの上には、小さなうす赤い色をした蛙《かへる》が、いくひきもとまつてゐて、青い蜘蛛たちと一しよに、きれいな声で歌をうたつてゐます。
 そのお部屋に、長い/\青いひげの生えた王さまが、緑色のびろうどの着物を着て、帯のかはりに、銀色の蛇《へび》をまきつけて、椅子《いす》にかけてゐます。
 その両側には、私の二人のお姉さまが坐《すわ》つて、魚のひれ[#「ひれ」に傍点]でお父さまをあふいでゐます。
 おまへが行くと、お父さまやお姉さまは、みんなでおまへのごきげんを取つて、宝物のおくらへつれて行つて、金や銀やダイヤモンドを上げようと言ふにきまつてゐます。しかし、そんなものには一さい手をふれてはいけません。それよりも、そのおくらの中には、小さなびん[#「びん」に傍点]が十二はいつてゐる、硝子《がらす》のはこが一つあるから、それをおもらひなさい。
 それから、そのつぎには同じおくらのすみの方にかくしてある、さびついた鐘をおもらひなさい。それは、あすこの、あの礼拝堂の鐘なのです。
 もし、その鐘だけはやられないと言つたら、そんならまるめろ[#「まるめろ」に傍点]の枝でその鐘をたゝくよと言つておどかしてごらんなさい。さうす
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