、片はしから魂をぬきとつて、からのからだを、水草の中へかくしてしまふからでした。
 だいじな息子をなくしたおほぜいの母親たちは、毎日泣いてくらしました。村中の人はこれはきつと、湖水の中におそろしい魔物がゐるのにちがひないと言つて、若ものたちに、一さい湖水のそばへいかないやうに、きびしく言ひきかせました。
 湖水の中からは、月の光の青くさえた、しづかな晩には、何とも言へない、美しい歌の声が聞えて来ました。それは妖女たちがうたふ魔法の力のこもつた歌でした。若ものたちは、その歌の声が聞えると、つい知らず/\引きつけられて、ひとりでに湖水の岸へ出て行きました。
 行つて見ると、湖水の中には、美しい小さな女たちが、きら/\と銀色に光つてゐる水をあびながら、声をそろへて歌をうたつてゐます。若ものたちは、その姿をうつとりと見てゐるうちに、いつの間にかひとりでにざぶ/″\と水の中へはいつて、その女たちのそばへ泳いでいかずにはゐられませんでした。そして、いくとそれなり、みんな水のそこへ沈んでしまひました。
 例のふしぎな黒い牛を飼つてゐる百姓の家《うち》には、三人の息子がゐました。三人は一人づゝ、代り合つて、牛の番をしてゐました。
 或夕方一番上の息子は、牛を草つ場へつれて出て、じぶん一人はずん/″\湖水の方へ出かけました。すると、ふしぎな黒い牛は、それを見て悲しさうな声を立てゝ泣きました。牛はおよしなさい/\と言つてとめたのでした。
 しかし若ものは、平気でどん/\湖水の岸へ行つて、草の上に坐《すわ》つてゐました。すると間もなく月が出ました。そしてそれと一しよに、妖女の王さまの一ばん上の王女が、水の中から姿をあらはしました。
 色のまつ白い美しい王女は、金色の髪に、うす青いすゐれん[#「すゐれん」に傍点]の花冠《はなかんむり》をつけて、かげろふ[#「かげろふ」に傍点]でこしらへた、銀色の着物を着てゐました。そのかはいらしい唇《くちびる》は、ちやうど珊瑚《さんご》のやうな赤い色をしてゐました。若ものは、月の光の中《うち》に浮いてゐる、その美しい妖女を見ると、びつくりして、いつまでも目をはなさずに、うつとりと見守つてゐました。妖女はにこやかにほゝゑみながら、若ものに言葉をかけました。
「牛飼《うしかひ》さん、こちらへ入らつしやい。一しよに私《わたし》のお家《うち》へ行きませう。私のお家は、紅宝石《ルービー》と緑柱石《エメラルド》のかざりのついた、きれいな水晶の御殿です。窓の外にはきら/\光る貝殻《かひがら》のやうな、うつくしい花が一ぱいさいてゐます。どうぞ一しよに来て下さい。さうすれば私《わたし》はあなたのお嫁さんになつて上げます。そして二人で楽しく暮しませう。」かう言つて若ものをさそひました。若ものは、
「でも私《わたし》たちは、あなたのやうに水の中には住めません。それよりも、私の家《うち》へ入らしつて下さい。私の家《うち》はよく日のあたるきれいな丘の上にたつてゐて、庭にはいろんな花がたくさんさいてゐます。朝になると、家中《うちぢゆう》には金のやうな黄色い日の光が一ぱいさします。それは水の中の紅宝石《ルービー》や緑柱石《エメラルド》でかざつた御殿よりも、もつと美しいだらうと思ひます。どうぞ私と一しよに入らしつて下さい。そして私のお嫁になつて下さい。」
 かう言つて頼みました。
 すると妖女は、こちらの岸へすら/\と泳いで来ました。若ものは、よろこんで、妖女のさし出す手を取つて、引き上げようとしました。すると、人間よりもずつと力のつよい妖女は、いきなり若ものゝ手をつかんで、
「あツ。」といふ間に、もう水の底へ引きこんでしまひました。
 その翌《あく》る晩、二番目の息子は、同じやうにして、二ばん目の王女にだまされて、水のそこにしづんでしまひました。


    四

 そのあくる晩は三ばん目の息子の番でした。
 母親は、つゞけて二人の息子になくなられたので、三ばん目の息子には、お前だけはどうぞ湖水のそばへいかないでおくれと泣き/\たのみました。息子は、
「何、だいぢやうぶです。私《わたし》はあすこへいつたつて、けつして妖女《えうぢよ》なんぞにまけはしません、安心してゐて下さい。」
 かう言つて、晩になると、一人で出ていき、岸の、青い木の下に坐《すわ》つて、銀の笛を吹きはじめました。笛の音は、暗い水の上を渡つて、遠くまでひゞきました。
 すると、やがて月が上《のぼ》るのと一しよに、妖女の王の三ばん目の王女が、ふうはりと水の上へ出て来ました。
 その王女は三人のきやうだいの中で一ばん美しい妖女でした。今、その妖女は、ふさ/\した髪に、わすれな草の花冠《はなかんむり》をつけて、にじ[#「にじ」に傍点]でこしらへた、硝子《がらす》のやうにすきとほつてゐる、
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