《みとど》けておいてくれた」とおほめになり、置目老媼《おきめのおみな》という名をおくだしになりました。そして、とうぶんそのまま宮中《きゅうちゅう》へおとどめになって、おてあつくおもてなしになった後、改めてお宮の近くの村へお住ませになり、毎日一度はかならずおそばへめして、やさしくお言葉《ことば》をかけておやりになりました。天皇はそのためにわざわざお宮の戸のところへ大きな鈴《すず》をおかけになり、置目《おきめ》をおめしになるときは、その鈴をお鳴らしになりました。
後には置目《おきめ》は、
「私もたいそう年をとりましたので、生まれた村へ帰りたくなりました」と申しあげました。
天皇は置目《おきめ》のおねがいをお許しになり、それではもうあすからそなたを見ることもできないのかとおっしゃる意味の、お別れの歌をお歌いになりながら、わざわざ見送りまでしておやりになりました。
つぎに天皇は、昔《むかし》お兄上とお二人で大和《やまと》からお逃《に》げになる途中で、おべんとうを奪《うば》い取った、あのしし飼《かい》の老人をおさがし出しになって大和《やまと》の飛鳥川《あすかがわ》の川原《かわら》で死刑《し
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