《ひじ》につける革具《かわぐ》のとおりの形をしたお盛肉《もりにく》が、お腕《うで》に盛りあがっておりました。皇后はこれをお名まえにお取りになって、大鞆命《おおとものみこと》とお名づけになりました。すなわち後にお呼《よ》び申す応神天皇《おうじんてんのう》さまです。その鞆《とも》のお肉のことをうけたまわったものたちは、天皇がお母上のお腹《なか》のうちから、すでに天下をお治めになっていたということは、これでもわかると言って、みんな畏《おそ》れ入りました。
 また、皇后はご出征のまえに、肥前《ひぜん》の玉島《たましま》というところにおいでになって、そこの川のほとりでお食事をなさったことがありました。
 それがちょうど四月で、あゆが取れるころでした。皇后はためしにその川中の石の上にお下りになって、お下袴《したばかま》の糸をぬいて釣糸《つりいと》になされ、お食事のおあとのご飯《はん》粒《つぶ》を餌《えさ》にして、ただでも決して釣《つ》ることができないあゆをちゃんとおつり上げになりました。
 ですからこの地方では、その後いつも四月のはじめになりますと、女たちがみんな下袴《したばかま》の糸をぬいて、飯
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