魚も一ぴき残らず、
「はいはい、ちゃんとご奉公申しあげます」とご返事をしましたが、中でなまこがたった一人、お答えをしないで黙《だま》っておりました。
すると宇受女命《うずめのみこと》は怒って、
「こゥれ、返事をしない口はその口か」と言いざま、手早く懐剣《かいけん》を抜《ぬ》きはなって、そのなまこの口をぐいとひとえぐり切り裂《さ》きました。ですからなまこの口はいまだに裂けております。
二
そのうちに邇邇芸命《ににぎのみこと》は、ある日、同じみさきできれいな若い女の人にお出会いになりました。
「おまえはだれの娘《むすめ》か」とおたずねになりますと、その女の人は、
「私は大山津見神《おおやまつみのかみ》の娘の木色咲耶媛《このはなさくやひめ》と申す者でございます」とお答え申しました。
「そちにはきょうだいがあるか」とかさねてお聞きになりますと、
「私には石長媛《いわながひめ》と申します一人の姉がございます」と申しました。命《みこと》は、
「わたしはおまえをお嫁《よめ》にもらいたいと思うが、来るか」とお聞きになりました。すると咲耶媛《さくやひめ》は、
「それは私からはなんとも申しあげかねます。どうぞ父の大山津見神《おおやまつみのかみ》におたずねくださいまし」と申しあげました。
命《みこと》はさっそくお使いをお出しになって、大山津見神《おおやまつみのかみ》に咲耶媛《さくやひめ》をお嫁にもらいたいとお申しこみになりました。
大山津見神《おおやまつみのかみ》はたいそう喜んで、すぐにその咲耶媛《さくやひめ》に、姉の石長媛《いわながひめ》をつき添《そ》いにつけて、いろいろのお祝いの品をどっさり持たせてさしあげました。
命《みこと》は非常にお喜びになって、すぐ咲耶媛とご婚礼をなさいました。しかし姉の石長媛は、それはそれはひどい顔をした、みにくい女でしたので、同じ御殿《ごてん》でいっしょにおくらしになるのがおいやだものですから、そのまますぐに、父の神の方へお送りかえしになりました。
大山津見《おおやまつみ》は恥《は》じ入って、使いをもってこう申しあげました。
「私が木色咲耶媛《このはなさくやひめ》に、わざわざ石長媛《いわながひめ》をつき添いにつけましたわけは、あなたが咲耶媛《さくやひめ》をお嫁になすって、その名のとおり、花が咲《さ》き誇《ほこ》るように、いつまでもお栄えになりますばかりでなく、石長媛《いわながひめ》を同じ御殿にお使いになりませば、あの子の名まえについておりますとおり、岩が雨に打たれ風にさらされても、ちっとも変わらずにがっしりしているのと同じように、あなたのおからだもいつまでもお変わりなくいらっしゃいますようにと、それをお祈り申してつけ添えたのでございます。それだのに、咲耶媛《さくやひめ》だけをおとめになって、石長媛《いわながひめ》をおかえしになったうえは、あなたも、あなたのご子孫のつぎつぎのご寿命《じゅみょう》も、ちょうど咲いた花がいくほどもなく散りはてるのと同じで、けっして永《なが》くは続きませんよ」と、こんなことを申し送りました。
そのうちに咲耶媛《さくやひめ》は、まもなくお子さまが生まれそうになりました。
それで命にそのことをお話しになりますと、命はあんまり早く生まれるので変だとおぼしめして、
「それはわしたち二人の子であろうか」とお聞きになりました。咲耶媛《さくやひめ》は、そうおっしゃられて、
「どうしてこれが二人よりほかの者の子でございましょう。もし私たち二人の子でございませんでしたら、けっして無事にお産はできますまい。ほんとうに二人の子である印《しるし》には、どんなことをして生みましても、必ず無事に生まれるに相違ございません」
こう言ってわざと出入口のないお家をこしらえて、その中におはいりになり、すきまというすきまをぴっしり土で塗《ぬ》りつぶしておしまいになりました。そしていざお産をなさるというときに、そのお家へ火をつけてお燃《も》やしになりました。
しかしそんな乱暴《らんぼう》な生み方をなすっても、お子さまは、ちゃんとご無事に三人もお生まれになりました。媛《ひめ》は、はじめ、うちじゅうに火が燃え広がって、どんどん炎《ほのお》をあげているときにお生まれになった方を火照命《ほてりのみこと》というお名まえになさいました。それから、つぎつぎに、火須勢理命《ほすせりのみこと》、火遠理命《ほおりのみこと》というお二方《ふたかた》がお生まれになりました。火遠理命《ほおりのみこと》はまたの名を日子穂穂出見命《ひこほほでみのみこと》ともお呼《よ》び申しました。
[#改頁]
満潮《みちしお》の玉、干潮《ひしお》の玉
一
三人のごきょうだいは、まもなく大きな若《わか》い人におなり
前へ
次へ
全61ページ中17ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
鈴木 三重吉 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング