《しなの》より外へはひと足も踏《ふ》み出しはいたしません。また、父や兄の申しあげましたとおりに、この葦原《あしはら》の中つ国は、大空の神のお子さまにさしあげますでございます」と、平たくなっておわびしました。
 そこで建御雷神《たけみかずちのかみ》はまた出雲《いずも》へ帰って来て、大国主神《おおくにぬしのかみ》に問いつめました。
「おまえの子は二人とも、大神のおおせにはそむかないと申したが、おまえもこれでいよいよ言うことはあるまいな、どうだ」と言いますと、大国主神は、
「私にはもう何も異存はございません。この中つ国はおおせのとおり、すっかり、大神のお子さまにさしあげます。その上でただ一つのおねがいは、どうぞ私の社《やしろ》として、大空の神の御殿《ごてん》のような、りっぱな、しっかりした御殿をたてていただきとうございます。そうしてくださいませば私は遠い世界から、いつまでも大神のご子孫にお仕え申します。じつは私の子は、ほかに、まだまだいくたりもありますが、しかし、事代主神《ことしろぬしのかみ》さえ神妙にご奉公いたします上は、あとの子たちは一人も不平を申しはいたしません」
 こう言って、いさぎよくその場で死んでおしまいになりました。
 それで建御雷神《たけみかずちのかみ》は、さっそく、出雲国《いずものくに》の多芸志《たぎし》という浜にりっぱな大きなお社《やしろ》をたてて、ちゃんと望みのとおりにまつりました。そして櫛八玉神《くしやたまのかみ》という神を、お供《そな》えものを料理する料理人にしてつけ添《そ》えました。
 すると八玉神《やたまのかみ》は、う[#「う」に傍点]になって、海の底《そこ》の土をくわえて来て、それで、いろんなお供えものをあげるかわらけをこしらえました。
 それからある海草の茎《くき》で火切臼《ひきりうす》と火切杵《ひきりぎね》という物をこしらえて、それをすり合わせて火を切り出して、建御雷神《たけみかずちのかみ》に向かってこう言いました。
「私が切ったこの火で、そこいらが、大空の神の御殿のお料理場のように、すすでいっぱいになるまで欠かさず火をたき、かまどの下が地の底の岩のように固《かた》くなるまで絶えず火をもやして、りょうしたちの取って来る大すずきをたくさんに料理して、大空の神の召しあがるようなりっぱなごちそうを、いつもいつもお供えいたします」と言いました。
 建御雷神《たけみかずちのかみ》はそれでひとまず安心して、大空へ帰りのぼりました。そして天照大神《あまてらすおおかみ》と高皇産霊神《たかみむすびのかみ》に、すっかりこのことを、くわしく奏上《そうじょう》いたしました。
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 笠沙《かささ》のお宮

       一

 天照大神《あまてらすおおかみ》と高皇産霊神《たかみむすびのかみ》とは、あれほど乱《みだ》れさわいでいた下界を、建御雷神《たけみかずちのかみ》たちが、ちゃんとこちらのものにして帰りましたので、さっそく天忍穂耳命《あめのおしほみみのみこと》をお召《め》しになって、
「葦原《あしはら》の中つ国はもはやすっかり平《たい》らいだ。おまえはこれからすぐにくだって、さいしょ申しつけたように、あの国を治めてゆけ」とおっしゃいました。
 命《みこと》はおおせに従って、すぐに出発の用意におとりかかりになりました。するとちょうどそのときに、お妃《きさき》の秋津師毘売命《あきつしひめのみこと》が男のお子さまをお生みになりました。
 忍穂耳命《おしほみみのみこと》は大神のご前《ぜん》へおいでになって、
「私たち二人に、世嗣《よつぎ》の子供が生まれました。名前は日子番能邇邇芸命《ひこほのににぎのみこと》とつけました。中つ国へくだしますには、この子がいちばんよいかと存じます」とおっしゃいました。
 それで大神は、そのお孫さまの命《みこと》が大きくおなりになりますと、改めておそばへ召して、
「下界に見えるあの中つ国は、おまえの治める国であるぞ」とおっしゃいました。命は、かしこまって、
「それでは、これからすぐにくだってまいります」とおっしゃって、急いでそのお手はずをなさいました。そしてまもなく、いよいよお立ちになろうとなさいますと、ちょうど、大空のお通り道のある四つじに、だれだか一人の神が立ちはだかって、まぶしい光をきらきらと放ちながら、上は高天原《たかまのはら》までもあかあかと照らし、下は中つ国までいちめんに照り輝《かがや》かせておりました。
 天照大神《あまてらすおおかみ》と高皇産霊神《たかみむすびのかみ》とはそれをご覧になりますと、急いで天宇受女命《あめのうずめのみこと》をお呼びになって、
「そちは女でこそあれ、どんな荒《あら》くれた神に向かいあっても、びくともしない神だから、だれをもおいておまえを遣《つかわ》す
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