おひとり立ちで天下をお治めになることがおできになるので、順序《じゅんじょ》からいって、お兄上の意富祁王《おおけのみこ》が、まず第一にご即位《そくい》になるのがほんとうでした。しかし、命《みこと》は弟さまに向かって、
「二人が志自牟《しじむ》のうちにいたときに、もしそなたが名まえを名乗らなかったら、二人ともあのままあそこに埋《うず》もれていなければならなかったはずであった。お互《たが》いにこんなになったのもみんなそなたのお手柄《てがら》である。それで、私は兄に生まれてはいるけれど、どうかそなたからさきに天下を治めておくれ」とおっしゃいました。袁祁王《おけのみこ》はそのことだけはどこまでもご辞退《じたい》になりましたが、お兄上がどうしてもお聞きいれにならないので、とうとうしかたなしに、第一にお位におつきになりました。後に顕宗天皇《けんそうてんのう》と申しあげるのがすなわちこの天皇でいらっしゃいます。
 天皇はそれといっしょに大和《やまと》の近飛鳥宮《ちかあすかのみや》へお移りになり、石木王《いしきのみこ》という方のお子さまの難波王《なにわのみこ》とおっしゃる方を、皇后にお迎えになりました。
 天皇は、お父上の忍歯王《おしはのみこ》のご遺骨《いこつ》をおさがし申そうとおぼしめして、いろいろ、ご苦心をなさいました。すると、近江《おうみ》から一人の卑《いや》しい老婆《ろうば》がのぼって来て、
「王《みこ》のお骨《こつ》をお埋《う》め申したところは私がちゃんと存じております。おそれながら、王《みこ》には、ゆりの根のようにお重《かさ》なりになったお歯がおありになりました。そのお歯をご覧《らん》になりませば、王《みこ》のお骨《こつ》ということはすぐにお見分けがつきます」と申しあげました。天皇はさっそく近江《おうみ》の蚊屋野《かやの》へおくだりになって、土地の人民におおせつけになって、老婆《ろうば》の指《さ》す場所をお掘《ほ》らせになり、たしかにお父上のご遺骨をお見出しになりました。それで蚊屋野《かやの》の東の山にみささぎを作ってお葬《ほうむ》りになり、さきに、お父上たちに猟をおすすめ申しあげた、あの韓袋《からぶくろ》の子孫をお墓守《はかも》りにご任命になりました。
 天皇はそれからご還御《かんぎょ》の後、さきの老婆《ろうば》をおめしのぼせになりまして、
「そちは大事な場所をよく見届《みとど》けておいてくれた」とおほめになり、置目老媼《おきめのおみな》という名をおくだしになりました。そして、とうぶんそのまま宮中《きゅうちゅう》へおとどめになって、おてあつくおもてなしになった後、改めてお宮の近くの村へお住ませになり、毎日一度はかならずおそばへめして、やさしくお言葉《ことば》をかけておやりになりました。天皇はそのためにわざわざお宮の戸のところへ大きな鈴《すず》をおかけになり、置目《おきめ》をおめしになるときは、その鈴をお鳴らしになりました。
 後には置目《おきめ》は、
「私もたいそう年をとりましたので、生まれた村へ帰りたくなりました」と申しあげました。
 天皇は置目《おきめ》のおねがいをお許しになり、それではもうあすからそなたを見ることもできないのかとおっしゃる意味の、お別れの歌をお歌いになりながら、わざわざ見送りまでしておやりになりました。
 つぎに天皇は、昔《むかし》お兄上とお二人で大和《やまと》からお逃《に》げになる途中で、おべんとうを奪《うば》い取った、あのしし飼《かい》の老人をおさがし出しになって大和《やまと》の飛鳥川《あすかがわ》の川原《かわら》で死刑《しけい》にお行ないになりました。その悪者の老人は志米須《しめす》というところに住んでおりました。天皇はなおその上の刑罰《けいばつ》として、その老人の一族の者たちのひざの筋《すじ》を断《た》ち切らせておしまいになりました。これらの者たちは、その後|大和《やまと》へのぼるのに、いつもびっこを引いて出て来ました。

       四

 天皇は、お父上をお殺しになった雄略天皇《ゆうりゃくてんのう》を、深くお恨《うら》みになりまして、せめてそのみ霊《たま》に向かって復しゅうをしようというおぼしめしから、人をやって、河内《かわち》の多治比《たじひ》というところにある、天皇のみささぎをこわさせようとなさいました。
 するとお兄上の意富祁王《おおけのみこ》が、
「天皇のみささぎをこわすためなら、ほかのものをやってはいけません。私《わたし》が自分で行っておぼしめしどおりこわして来ます」とご奏上《そうじょう》になりました。天皇は、
「それではあなたがおいでになるがよい」とお許しになりました。意富祁王《おおけのみこ》は急いでお出かけになりました。そしてまもなくお帰りになって、
「ちゃんとこわしてまいりました
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