兄のほうがさきに舞いました。弟はそのあとに舞い出そうとするときに、まず大声でつぎのような歌を歌って自分たちきょうだいの身の上をうちあけました。
「男らしい大きな男が、太刀《たち》のつかに赤い飾《かざ》りをつけ、太刀のおには赤いきれをつけて、いかにも人目を引く姿《すがた》をしていても、深くおい茂《しげ》ったたけやぶの後ろにはいれば、隠《かく》れて目にも見えない」と、こう歌いだして、たけやぶという言葉《ことば》を引き出した後、
「そんなたけやぶの大きなたけを割って、それを並《なら》べてこしらえた、八絃琴《はちげんきん》は、それはそれは調子がよく整《ととの》って申し分がない。今から五|代《だい》前《まえ》の履仲天皇《りちゅうてんのう》は、ちょうどその琴《こと》のしらべと同じように、どこまでもりっぱに天下をお治めになったお方である。その皇子《おうじ》に忍歯王《おしはのみこ》とおっしゃる方がいらしった。みんなの人々よ、われわれ二人は、その忍歯王《おしはのみこ》の子であるぞ」と歌いました。
 小楯《おだて》はそれを聞くとびっくりして、床《ゆか》からころがり落ちてしまいました。そして大あわてにあわてて、さっそくみんなを残らず追い出したうえ、意外なところでお見出し申した、意富祁《おおけ》、袁祁《おけ》のお二人を左右のおひざにお抱《かか》え申しながら、お二人の今日《こんにち》までのご辛苦《しんく》をお察し申しあげて、ほろほろと涙《なみだ》を流して泣《な》きました。
 小楯《おだて》はそれから急いでみんなを集めて、仮のお宮をつくり、お二人をその中にお移し申しました。そして、すぐに大和《やまと》へ早うまの使いを立てて、おんおば上の飯豊王《いいとよのみこ》にご注進《ちゅうしん》申しあげました。飯豊王《いいとよのみこ》はそれをお聞きになると、大喜びにお喜びになり、すぐにお二人をお呼《よ》びのぼせになりました。

       二

 お二人は、角刺《つのさし》のお宮でだんだんにご成人《せいじん》になりました。
 あるとき袁祁王《おけのみこ》は、歌がきといって、男や女がおおぜいいっしょに集まって、歌を歌いかわす催《もよお》しへおでかけになりました。
 そのとき菟田首《うたのおびと》という人の娘《むすめ》で、王《みこ》がかねがねお嫁《よめ》にもらおうと思っておいでになる、大魚《おうお》という美しい女の人も来あわせておりました。するとそのころ、臣下の中でおそろしく幅《はば》をきかせていた志毘臣《しびのおみ》というものが、その大魚《おうお》の手を取りながら、袁祁王《おけのみこ》にあてつけて、
「ああ、おかしやおかしや、お宮の屋根がゆがんでしまった」と歌いだし、そのあとの歌のむすびを王《みこ》にさし向けました。王《みこ》は、すぐにそれをお受けになって、
「それは大工《だいく》がへただからゆがんだのだ」とお歌いになりました。すると志毘《しび》は重《かさ》ねて、
「いや、どんなに王《みこ》があせられても、わしがゆいめぐらした、八重《やえ》のしばがきの中へははいれまい。大魚《おうお》とわしとの仲《なか》をじゃますることはできまい」と歌いかけました。王《みこ》はすかさず、
「潮《しお》の流れの上の、波の荒《あら》いところにしびが泳いでいる。しびのそばにはしびの妻がついている。ばかなしびよ」とお歌いになりました。
 そうすると志毘《しび》はむっと怒《おこ》って、
「王《みこ》のゆったしばがきなぞは、いかに堅固《けんご》にゆいまわしてあろうとも、おれがたちまち切り破って見せる。焼き払《はら》って見せてやる」と歌いました。王《みこ》はどこまでも負けないで、
「あはは、しびよ。そちは魚《さかな》だ。いかにいばっても、そちを突《つ》きに来る海人《あま》にはかなうまい。そんなにこわいものがいては悲しかろう」とお歌いになりました。
 王《みこ》は、そんなにして、とうとう夜があけるまで歌い争っておひきあげになりました。そして、お宮へお帰りになるとすぐに、お兄上の意富祁王《おおけのみこ》とご相談なさいました。志毘《しび》はひとりでつけあがって、われわれをもまるで踏《ふ》みつけている。われわれのお宮に仕えている者も、朝はお宮へ来るけれど、それからさきは昼じゅう志毘《しび》の家に集まってこびいっている。あんなやつは後々のために早く討《う》ち亡《ほろぼ》してしまわなければいけない。志毘《しび》は今ごろは疲《つか》れて寝入《ねい》っているにちがいない。門には番人もいまい、襲《おそ》うのは今だとお二人でご決心になりました。そしてすぐに軍勢を集めて志毘《しび》の家をお取り囲みになり、目あての志毘《しび》を難なく切り殺しておしまいになりました。

       三

 お二人はもはや、お年の上でも十分
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