のお子さまと、どちらでいらっしゃりましょう」とうかがいますと、
「お子はご男子《なんし》である」とお告げになりました。
 宿禰《すくね》はなお、すべてのことをうかがっておこうと思いまして、
「まことにおそれいりますが、かようにいちいちお告げを下さいますあなたさまは、どなたさまでいらっしゃいますか。どうぞお名まえをおあかしくださいまし」と申しあげました。神さまは、やはり皇后のお口を通して、
「これはすべて天照大神《あまてらすおおかみ》のおぼしめしである。また、底筒男命《そこつつおのみこと》、中筒男命《なかつつおのみこと》、上筒男命《うわつつおのみこと》の三人の神も、いっしょに申し下《くだ》しているのだ」と、そこではじめてお名まえをお告げになりました。
 神さまはなお改めて、
「もしそなたたちが、ほんとうにあの西の国を得ようと思うならば、まず大空の神々、地上の神々、また、山の神、海と河《かわ》との神々にことごとくお供えを奉《たてまつ》り、それから私たち三人の神の御魂《みたま》を船のうえに祀《まつ》ったうえ、まき[#「まき」に傍点]の灰《はい》を瓠《ひさご》に入れ、また箸《はし》と盆《ぼん》とをたくさんこしらえてそれらのものを、みんな海の上に散らし浮かべて、その中を渡《わた》って行くがよい」とおっしゃって、くわしく征伐《せいばつ》の手順《てじゅん》をおしえてくださいました。
 それで、皇后はすぐ軍勢をお集めになり、神々のお言葉《ことば》のとおりに、すべてご用意をお整《ととの》えになって、仰山《ぎょうさん》なお船をめしつらねて、勇ましく大海のまん中へお乗り出でになりました.
 そうすると海じゅうの、あらゆる大小の魚が、のこらず駈《か》けよって来て、すっかりのお船をみんなで背中《せなか》にお担《かつ》ぎ申しあげて、わッしょいわッしょいと、威勢《いせい》よく押《お》しはこんで行きました。そこへ、ちょうどつごうよく、追い手の風がどんどん吹き募《つの》って来ました。ですから、それだけのお船がみんな、かけ飛ぶように走って行きました。
 そのうちに、そのたいそうな大船に押しまくられた大浪《おおなみ》が、しまいには大きな、すさまじい大海嘯《おおつなみ》となって、これから皇后がご征伐になろうとする、今の朝鮮《ちょうせん》の一部分の新羅《しらぎ》の国へ、ふいにどどんと打《う》ち上げました。そして、あっという間《ま》に、国じゅうを半分までも巻《ま》き込《こ》んでしまいました。
 皇后の軍勢は、その大海嘯と入れちがいに、息もつかせずうわあッと攻《せ》めこみました。すると新羅《しらぎ》の王はすっかり怖《おそ》れちぢこまって、すぐに降参《こうさん》してしまいました。
 国王は、
「私どもはこれからいついつまでも、天皇のおおせのままに、おうま飼《かい》の下郎《げろう》となりまして、いっしょうけんめいにご奉公申しあげます。そして毎年《まいとし》船をどっさり仕立てまして、その船底《ふなぞこ》の乾《かわ》くときもなく、棹《さお》や櫂《かい》の乾くまもなもないほどおうかがわせ申しまして、絶えず貢物《みつぎもの》を奉《たてまつ》り天地が亡《ほろ》びますまで無窮《むきゅう》にお仕え申しあげます」と、平蜘蛛《ひらぐも》のようになっておちかいをいたしました。
 それで皇后はさっそくお聞き届《とど》けになりまして、新羅《しらぎ》の王をおうま飼《かい》ということにおきめになり、その隣《となり》の百済《くだら》をもご領地《りょうち》にお定めになりました。そしてそのお印《しるし》に、お杖《つえ》を、新羅《しらぎ》の王宮《おうきゅう》の門のところに突《つ》き刺《さ》してお置《お》きになりました。
 それから最後に、お社《やしろ》をお作りになって、今度のご征伐《せいばつ》についていちいちお指図《さしず》をしてくださった、底筒男命《そこつつおのみこと》以下三人の神さまを、この国の氏神《うじがみ》さまにお祀《まつ》りになった後、ご威風《いふう》堂々と新羅《しらぎ》をおひき上げになりました。

       二

 おん母上の皇后はその前に、まだご征伐のお途中でお腹《なか》のお子さまがお生まれになろうとしました。それで、どうぞ今しばらくの間はご出産にならないようにとお祈りになって、そのお呪《まじな》いに、お下着のお腰《こし》のところへ石ころをおつるしになり、それでもって当分お腹をしずめておおきになりました。
 するとお子さまは、ちゃんと筑紫《つくし》へお凱旋《がいせん》になってからご無事にお生まれになりました。それはかねて神さまのお告げのとおりりっぱな男のお子さまでいらっしゃいました。この小さな天皇には、ご誕生《たんじょう》のときに、ちょうど、鞆《とも》といって弓《ゆみ》を射《い》るときに左の臂
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