してしまいになりました。
 しかし、神のおくやしみは、そんなことではお癒《い》えになるはずもありませんでした。神は、どうかしてもう一度、女神に会いたくおぼしめして、とうとうそのあとを追って、まっくらな黄泉《よみ》の国までお出かけになりました。

       二

 女神《めがみ》はむろん、もうとっくに、黄泉《よみ》の神の御殿《ごてん》に着いていらっしゃいました。
 すると、そこへ、夫の神が、はるばるたずねておいでになったので、女神は急いで戸口へお出迎えになりました。
 伊弉諾神《いざなぎのかみ》は、まっくらな中から、女神をお呼《よ》びかけになって、
「いとしきわが妻の女神よ。おまえといっしょに作る国が、まだできあがらないでいる。どうぞもう一度帰ってくれ」とおっしゃいました。すると女神は、残念そうに、
「それならば、もっと早く迎えにいらしってくださいませばよいものを。私はもはや、この国のけがれた火で炊《た》いたものを食べましたから、もう二度とあちらへ帰ることはできますまい。しかし、せっかくおいでくださいましたのですから、ともかくいちおう黄泉《よみ》の神たちに相談をしてみましょう。どうぞその間は、どんなことがありましても、けっして私の姿《すがた》をご覧《らん》にならないでくださいましな。後生《ごしょう》でございますから」と、女神はかたくそう申しあげておいて、御殿《ごてん》の奥《おく》へおはいりになりました。
 伊弉諾神《いざなぎのかみ》は永《なが》い間戸口にじっと待っていらっしゃいました。しかし、女神は、それなり、いつまでたっても出ていらっしゃいません。伊弉諾神《いざなぎのかみ》はしまいには、もう待ちどおしくてたまらなくなって、とうとう、左のびんのくしをおぬきになり、その片《かた》はしの、大歯《おおは》を一本|欠《か》き取って、それへ火をともして、わずかにやみの中をてらしながら、足さぐりに、御殿の中深くはいっておいでになりました。
 そうすると、御殿のいちばん奥に、女神は寝ていらっしゃいました。そのお姿をあかりでご覧になりますと、おからだじゅうは、もうすっかりべとべとに腐《くさ》りくずれていて、臭《くさ》い臭いいやなにおいが、ぷんぷん鼻へきました。そして、そのべとべとに腐ったからだじゅうには、うじがうようよとたかっておりました。それから、頭と、胸と、お腹《なか》と、両
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