て、お腕へ三重《みえ》にお巻きつけになり、お召物《めしもの》もわざわざ酒で腐らしたのをおめしになって、それともなげに皇子を抱《かか》えて、とりでの外へお出ましになりました。
待ちかまえていた勇士たちは、そのお子さまをお受け取り申すといっしょに、皇后をも奪い取ろうとして、すばやく飛びかかってお髪《ぐし》をひっつかみますと、髪はたちまちすらりとぬげ落ちてしまいました。
「おや、しまった」と、こんどはお手をつかみますと、そのお手の玉飾りの緒《ひも》もぷつりと切れたので、難《なん》なくお手をすり抜《ぬ》いてお逃《に》げになりました。こちらはまたあわてて追いすがりながら、ぐいとお召物をつかまえました。すると、それもたちまちぼろりとちぎれてしまいました。その間に皇后は、さっと中へ逃げこんでおしまいになりました。
勇士どもはしかたなしに、皇子一人をお抱《かか》え申して、しおしおと帰ってまいりました。
天皇はそれらの者たちから、
「お髪《ぐし》をつかめばお髪がはなれ、玉の緒《ひも》もお召物《めしもの》も、みんなぷすぷす切れて、とうとうおとりにがし申しました」とお聞きになりますと、それはそれはたいそうお悔《くや》みになりました。
天皇はそのために、宮中の玉飾りの細工人《さいくにん》たちまでお憎《にく》みになって、それらの人々が知行《ちぎょう》にいただいていた土地を、いきなり残らず取りあげておしまいになりました。
それから改めて皇后の方へお使いをお出しになって、
「すべて子供の名は母がつけるものときまっているが、あの皇子は、なんという名前にしようか」とお聞きかせになりました。
皇后はそれに答えて、
「あの御子《みこ》は、ちょうどとりでが火をかけられて焼けるさいちゅうに、その火の中でお生まれになったのでございますから、本牟智別王《ほむちわけのみこ》とお呼び申したらよろしゅうございましょう」とおっしゃいました。そのほむちというのは火のことでした。
天皇はそのつぎには、
「あの子には母がないが、これからどうして育てたらいいか」とおたずねになりますと、
「ではうばをお召《め》し抱《かか》えになり、お湯をおつかわせ申す女たちをもおおきになって、それらの者にお任《まか》せになればよろしゅうございます」とお答えになりました。
天皇は最後に、
「そちがいなくなっては、おれの世話はだれが
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