川の瀬《せ》の神さまにいたるまで、いちいちもれなくお供えものをおあげになって、ていちょうにお祭りをなさいました。そのために、やく病はやがてすっかりとまって、天下はやっと安らかになりました。

       二

 天皇はついで大毘古命《おおひこのみこと》を北陸道《ほくろくどう》へ、その子の建沼河別命《たけぬかわわけのみこと》を東山道《とうさんどう》へ、そのほか強い人を方々へお遣《つかわ》しになって、ご命令に従わない、多くの悪者どもをご征伐になりました。
 大毘古命《おおひこのみこと》はおおせをかしこまって出て行きましたが、途中で、山城《やましろ》の幣羅坂《へらざか》というところへさしかかりますと、その坂の上に腰《こし》ぬのばかりを身につけた小娘《こむすめ》が立っていて、

  これこれ申し天子さま、
  あなたをお殺し申そうと、
  前の戸に、
  裏《うら》の戸に、
  行ったり来たり、
  すきを狙《ねら》っている者が、
  そこにいるとも知らないで、
  これこれ申し天子さま。

  と、こんなことを歌いました。
 大毘古命《おおひこのみこと》は変だと思いまして、わざわざうまをひきかえして、
「今言ったのはなんのことだ」とたずねました。
 すると小娘《こむすめ》は、
「私はなんにも言いはいたしません。ただ歌を歌っただけでございます」と答えるなり、もうどこへ行ったのか、ふいに姿《すがた》が見えなくなってしまいました。
 大毘古命《おおひこのみこと》は、その歌の言葉《ことば》がしきりに気になってならないものですから、とうとうそこからひきかえしてきて、天皇にそのことを申しあげました。すると天皇は、
「それは、きっと、山城《やましろ》にいる、私《わし》の腹《はら》ちがいの兄、建波邇安王《たけはにやすのみこ》が、悪だくみをしている知らせに相違あるまい。そなたはこれから軍勢をひきつれて、すぐに討《う》ちとりに行ってくれ」とおっしゃって、彦国夫玖命《ひこくにぶくのみこと》という方を添《そ》えて、いっしょにお遣《つかわ》しになりました。
 二人は、神々のお祭りをして、勝利を祈って出かけました。そして、山城《やましろ》の木津川《きつがわ》まで行きますと、建波邇安王《たけはにやすのみこ》は案のじょう、天皇におそむき申して、兵を集めて待ち受けていらっしゃいました。両方の軍勢は川を挟
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