黄金鳥
鈴木三重吉
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)百姓《ひゃくしょう》
|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)世界|中《じゅう》で
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)あぶみ[#「あぶみ」に傍点]
/\:二倍の踊り字(「く」を縱に長くしたような形の繰り返し記号)
(例)いけません/\
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一
貧乏な百姓《ひゃくしょう》の夫婦がいました。二人は子どもがたくさんあって、苦しいところへ、また一人、男の子が生れました。
けれども、そんなふうに家《うち》がひどく貧乏だものですから、人がいやがって、だれもその子の名附親《なつけおや》になってくれるものがありませんでした。
夫婦はどうしたらいいかと、こまっていました。すると、或《ある》朝、一人のよぼよぼの乞食《こじき》のじいさんが、ものをもらいに来ました。夫婦は、かわいそうだと思って、じぶんたちの食べるものを分けてやりました。
乞食のじいさんは、二人が、へんにしおしおしているのを見て、どうしたわけかと聞きました。二人は、生れた子どもの名附親になってくれる人がないから困っているところだと話しました。じいさんはそれを聞いて、
「では私《わたし》がなって上げましょう。私だからと言って、さきでお悔《くや》みになるようなことは決してありません。」と親切に言ってくれました。夫婦は、もう乞食でも何でもかまわないと思って、一しょにお寺へいってもらいました。
坊さんは、じいさんに子どもの名前を聞きました。じいさんは名前の相談をしておくのをすっかり忘れていました。
「そうそう。名前がまだきめてありません。ウイリイとつけましょう。」と、じいさんはでたらめにこう言いました。坊さんは帳面へ、そのまま「ウイリイ」とかきつけました。お百姓の夫婦は、いい名前をつけてもらったと言ってよろこんで、じいさんを家へつれて帰って、出来るだけの御ちそうをこしらえて、名づけのお祝いをしました。
じいさんは別れるときに、ポケットから小さな、さびた鍵《かぎ》を一つ取り出して、
「これをウイリイさんが十四になるまで、しまっておいてお上げなさい。十四になったら、私がいいものをお祝いに上げます。それへこの鍵がちゃんとはまるのですから。」と言いました。じいさんはそれっきり二度と村へは来ませんでした。
ウイリイは丈夫に大きくなりました。それに大へんすなおな子で、ちっとも手がかかりませんでした。
ふた親は乞食のじいさんがおいていった鍵を、一こう大事にしないで、そこいらへ、ほうり出しておきました。それをウイリイが玩具《おもちゃ》にして、しまいにどこかへなくして来ました。
ウイリイはだんだんに、力の強い大きな子になって、父親の畠《はたけ》仕事を手伝いました。
或ときウイリイが、こやしを車につんでいますと、その中から、まっ赤《か》にさびついた、小さな鍵が出て来ました。ウイリイはそれを母親に見せました。それは、先《せん》に乞食のじいさんがおいて行った鍵でした。母親はじいさんの言ったことを思い出して、はじめて、ウイリイに話をして聞かせました。それからは、ウイリイはその鍵をいつもポケットにしまって、大事に持っていました。
そのうちに、ウイリイの十四の誕生《たんじょう》が来ました。ウイリイは、その朝早く起きて窓の外を見ますと、家《うち》の戸口のまん前に、昨日《きのう》までそんなものは何《なん》にもなかったのに、いつのまにか、きれいな小さな家《いえ》が出来ていました。ふた親もおどろいて出て見ました。上から下まできれいな彫り飾りがついたりしていて、ウイリイたちのぼろぼろの家と比べると、小さいながら、まるで御殿のように立派な家でした。
ところが、その家には窓が一つもなくて、ただ屋根の下の、高いところに戸口がたった一つついているきりです。その戸口には錠《じょう》がかかっています。双親《ふたおや》は、どうしてこんな家がひょっこり建ったのだろうとふしぎでたまりませんでした。ウイリイは、
「これはきっといつかのおじいさんが私にくれた贈物にちがいない。」こう言って、ポケットから例の鍵を出して、戸口の鍵穴《かぎあな》へはめて見ますと、ちょうどぴったり合って、戸がすらりと開《あ》きました。
ウイリイはすぐに中へはいって見ました。すると、その中には、きれいな、小さな灰色の馬が、おとなしく立っていました。ちゃんと立派な鞍《くら》や手綱《たづな》がついていて、そのまま乗れるようになっているのです。そのそばの壁には、こしらえたばかりの立派な服が、上下《うえした》そろえて釘《くぎ》にかけてありました。
ウイリイは、さっそく、その服を着て見ました。そうすると、まるで、じぶんの寸法を取ってこしらえたように、きっちり合いました。それから、馬に乗って、あぶみ[#「あぶみ」に傍点]へ両足をかけて見ますと、それもちゃんと、じぶんの脚《あし》の長さに合っています。
ウイリイは、そのまま世の中に出て、運だめしをして来たくなりました。それですぐに双親にそのことを話して、いさんで出ていきました。
二
ウイリイはどんどん馬を走らせていきました。するともうかなり遠くへ来たと思うときに、馬がふいに、口をきいて、
「ウイリイさん、お腹《なか》が減ったら私《わたし》の右の耳の後《うしろ》へ手をおあてなさい。のどがかわいたら私の左の耳の後をおさわりなさい。」と、人間の通りの言葉でこう言いました。ウイリイはびっくりして、
「おや、お前は口がきけるのか。それは何より幸《さいわい》だ。」と喜びました。そればかりか、耳にさえさわれば食べるものや飲むものがすぐにどこからか出て来るというのですから、これほど便利なことはありません。
ウイリイは、馬を早めて、丘や谷をどんどん越して、しまいに大きな、涼しい森の中へはいりました。そして、馬の息を休めるために、ゆっくり歩きました。
そのうちにウイリイは、ふと、向うの方に何かきらきら光るものが落ちているのに目をとめました。それは金《きん》のような光のある、一まいの鳥の羽根《はね》でした。ウイリイは、めずらしい羽根だからひろっていこうと思って、馬から下《お》りようとしました。すると馬が止めて、
「いけません/\。ほうっておおきなさい。それをおひろいになると大へんなことがおこります。」と言いました。ウイリイはそのまま通り過ぎました。
ところが、しばらくいくと、同じような金色に光る羽根がまた一本おちています。こんどのは前のよりも、もっときらきらした、きれいな羽根でした。
ウイリイは馬から下りて、ひろおうとしました。そうすると馬がまた、
「そっとしておおきなさい。それを拾うと、あとで後悔しなければなりませんよ。」と言いました。で、またそのままにして通りすぎましたが、しばらくするとまた一本、前の二つよりも、もっときれいなのが落ちていました。馬はやっぱり、
「およしなさい、およしなさい。」と言いました。
「私のいうことをお聞きなさい。悪いことは言いません。」
こう言ってしきりにとめましたが、ウイリイはほしくて/\たまらないものですから、馬のいうことを聞かないで、とうとう飛び下りてひろいました。すると、その一本だけでなく、ついでに前のもみんなひろっていきたくなりました。ウイリイはわざわざ後《あと》もどりをして、三本ともすっかりひろいました。
その羽根はほんとうに不思議な羽根でした。一本々々見ると、みんな同じように金色に光っているのですが、三本一しょにならべると、女の顔を画《か》いた一まいの画《え》になるのでした。それこそ、この世界|中《じゅう》で一ばん美しい女ではないかと思われるような、何ともいえない、きれいな女の画姿《えすがた》です。ウイリイはびっくりして、その顔を見つめました。
ウイリイはやっと、その羽根をポケットにしまって、また馬を走らせました。そしてどこまでもどんどんかけていきますと、しまいに或《ある》大きなお城の前へ来ました。馬は、
「これが王さまのお城です。ここへはいって家来《けらい》にしておもらいなさい。」と言いました。ウイリイは、すぐに、王さまのうまや[#「うまや」に傍点]の頭《かしら》のところへいって、
「どうか私を使って下さいませんか。」とたのみました。
「ただ私の馬のかいば[#「かいば」に傍点]さえいただきませば、給料なぞは下《くだ》さらなくともたくさんです。」と言いました。そして馬丁《ばてい》にやとってもらいました。
ウイリイはうまや頭《がしら》からおそわって、ていねいに王さまのお馬の世話をしました。じぶんの馬も大事にしました。そして、しばらくの間なにごともなく、暮していました。
ウイリイは厩《うまや》のそばに、部屋をもらっていました。夕方仕事がすみますと、ウイリイはその部屋へかえって、いつも窓をぴっしりしめて、例の三本の羽根をとり出しました。羽根は、お日さまのように、きらきら光るので、部屋の中が昼のように明るくなりました。
ウイリイは、その部屋の中の美しい女の人の顔を、毎晩紙へ画《か》き取りました。しかしなかなか思うように上手《じょうず》にかけなくて、たんびにいく枚も/\かき直しました。
一たい厩の建物では、夜もけっして灯《あかり》をつけないように、きびしくさし止めてありました。それで、ウイリイはいつでも窓をかたくしめておくのでしたが、それでもしまいには、だれかが、そこに灯がついているのを見つけて、厩頭《うまやがしら》の役人に言いつけました。
厩頭は自身でたしかめにいきました。そうすると、ほんとうにウイリイの部屋から灯がもれていました。
ウイリイは、人が来たのを感づいて、急いで羽根をかくしました。それで厩頭がはいって来たときには、部屋の中はまっ暗になっていました。
厩頭は画《か》きかけの画《え》を取り上げていきました。
翌《あく》る日、厩頭は王さまのところへ行って、ウイリイのことを訴えました。どんな灯をつけるのかそれはわかりませんが、とにかくその灯でこんな画を画いておりましたと言って、取って来た画をお目にかけました。王さまは、すぐにウイリイをお呼びになって、
「これはどうした画か。」とお聞きになりました。
「私《わたくし》が画きましたのでございます。」とウイリイが申しました。王さまは重ねて、
「まだほかにもあるか。」とお聞きになりました。ウイリイは正直に、まだいくまいもございますと言って、ほかのもみんな持って来てお目にかけました。
御覧になると、すべてで三十枚ありました。それがみんな同じ一人の女の顔を画いた画ばかりでした。その中で、一ばんしまいにかいたのが一ばんよく出来ていました。王さまは、
「これは何から写したのか。お前は灯はともさないと言い張るそうだが、暗《くら》がりで画がかけるのか。」とお聞きになりました。
ウイリイは仕方なしに、羽根のことをすっかりお話ししました。すると王さまは、その羽根を見せよと仰《おっしゃ》いました。
王さまはウイリイが言ったように、羽根を三枚ならべて、まん中に見える女の顔をごらんになると、びっくりなすって、
「これはだれの顔か。」とお聞きになりました。ウイリイは自分でも知らないのですから、だれの顔だとも言うことが出来ませんでした。
そうすると王さまは、
「お前はわしに隠しだてをするのか。それではわしが話してやろう。これはこの世界中で一ばん美しい王女の顔だ。」とお言いになりました。
王さまは今ではよほど年を取ってお出《い》でになるのですが、まだこれまで一度も王妃《おうひ》がおありになりませんでした。それには深いわけがありました。王さまは、お若いときに、よその国を攻めほろぼして王をお殺しになりました。その王には一人の王女がありました。王さまは、それを自分の王妃にしようとなさいました。そうすると、王女はこっそりどこかへ遁《に》げてしまって、それなり行《ゆ》く方《え
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