》がわからなくなりました。王さまは方々《ほうぼう》へ人を出してさんざんお探しになりましたが、とうとうしまいまで見附《みつか》りませんでした。王さまはその王女でなくてはどうしてもおいやなので、それなり今日《きょう》までだれもおもらいにならないのでした。
 ところが、今ウイリイの羽根を見てびっくりなすったのもそのはずです。羽根の中の画顔《えがお》は王さまが今まで一日もお忘れになることが出来なかった、あの王女の顔でした。
 王さまはそのことをウイリイにお話しになりました。そして、
「お前はこの画顔を持っているのだから、王女のいどころを知っているにちがいない。これからすぐに行ってつれて来い。」とお言い附けになりました。
 ウイリイは、この羽根はただ森の中に落ちていたのを拾ったのですから、そういう王女がどこにお出《い》でだか、私は全《まる》でしらないのですと、ありのままを申し上げました。けれども王さまはお聞き入れにならないで、ぜひともつれて来い、それが出来ないなら、この場でお前を斬《き》ってしまうとお言いになりました。
 ウイリイは、殺されるのがこわいものですから、仕方なしに、それでは探しにまいって見ましょうと御返事をしました。

       三

 ウイリイは厩《うまや》へかえって、自分の、灰色の小さい馬に、王さまがこんな無理なことをお言いになるが、どうしたらいいだろうと相談しました。
「それはあなたが一ばんはじめに拾った羽根のたたり[#「たたり」に傍点]です。私があれほど止めたのに、お聞きにならないから。」と馬が言いました。
「第一、その王女はまだ生きておいでになるのだろうか。」
「御心配には及びません。私がちゃんとよくして上げましょう。」と馬が言いました。
「王女は全く世界中で一ばん美しい人にそういありません。今でもちゃんと生きてお出《い》でになります。けれども世界の一ばんはての遠いところにおいでになるのです。そこまでいくには第一に大きな船がいります。それも、すっかりマホガニイの木でこしらえて、銅の釘《くぎ》で打ちつけて、銅の板でくるんだ、丈夫な船でないと、とても向うまでいく間《あいだ》持ちません。」と馬は言いました。
 ウイリイは王さまのところへ行って、そういう船をこしらえていただくようにおたのみしました。
 王さまは、さっそく役人たちに言いつけて、こしらえて下さいました。それにはずいぶん沢山の日数《ひかず》がかかりました。
 ウイリイは馬のところへ行って、船が出来たと知らせました。そうすると馬は、
「それでは王さまにお願いして、肉とパンとうじ[#「うじ」に傍点]虫を百|樽《たる》ずつ用意しておもらいなさい。そのほかにその樽を二つずつはこぶ車が百だい、その車を引っぱる革綱《かわづな》も二百本いります。それから水夫を二百人集めておもらいなさい。」と言いました。
 ウイリイはそれをすっかりととのえてもらって、船へつみこみました。二百人の水夫も乗りこみました。馬は、
「もうこれでいいから、しまいに大麦を一俵|私《わたし》に下さい。そしてこの手綱《たづな》をゆるめておいて、すぐに船へお乗りなさい。」と言いました。
 ウイリイは馬のいうとおりにして、船へ乗りました。そして今にも岸をはなれようとしていますと、馬は、ふいに白いむく[#「むく」に傍点]犬になって、いきなり船へ飛び乗り、ウイリイの足もとへしゃがみました。ウイリイはこれから長い間、海や岡をいくのにちょうどいい友だちが出来たと思って喜びました。
 船は追手《おいて》の風で浪《なみ》の上をすらすらと走って、間もなく大きな大海《おおうみ》の真中《まんなか》へ出ました。
 そうすると、さっきのむく[#「むく」に傍点]犬が、用意してある百樽のうじ虫をみんな魚におやりなさいと言いました。ウイリイはすぐに樽をあけて、うじ虫をすっかり海へ投げこみました。犬は、その空樽《あきだる》を鯨におやりなさいと言いました。ウイリイはそれも片はしからなげてやりました。
 魚《さかな》たちは、思わぬ御馳走《ごちそう》をもらったので、大よろこびで、みんなで寄って来て、おいしい/\と言って食べました。鯨もすっかり出て来て、樽を一つずつひろって、それをまり[#「まり」に傍点]にして、大よろこびで遊びました。
 船は、それから、どん/\どん/\どこまでも走って、しまいに世界のはての陸地へつきました。
 ウイリイは船から上《あが》ると、百だいの車へ、百樽の肉とパンとをつませて、二百|本《ぽん》の革綱をつけてそれを二百人の水夫に、二人ずつで引かせて進んでいきました。
 すると、向うの方で、大ぜいの狼《おおかみ》と大ぜいの熊《くま》とが食べものに飢《かつ》えて大げんかをしていました。みんなが牙《きば》をむき爪《つめ》を立ててかみ合いかき合いしているので、ウイリイたちはそこをとおることができませんでした。
 ウイリイはそれを見て車から百樽の肉を下《おろ》して投げてやりました。みんなは喜んですぐにけんかをやめてとおしてくれました。
 それからまたどんどんいきますと、今度はおおぜいの大男が、これも食べものに飢《かつ》えて、たった一とかたまりのパンを奪い合って、恐ろしい大げんかをしていました。ウイリイは気をきかせて、すぐに百樽のパンをやりました。大男たちは大そうよろこんで、ぺこぺこおじぎをしました。
「私たちはちょうど百年の間けんかをしていたのです。おかげでやっと食べものが口にはいります。このお礼にはどんなことでもいたしますから、御用がおありでしたら仰《おっしゃ》って下さい。」と言いました。
 ウイリイはそこから水夫たちをみんな船へ帰して、今度は犬と二人きりで進んで、いきました。
 そうすると、ずっと向うの方に、きれいなお城がきらきらと日に光っていました。犬は、
「このへんでしばらく待っていらっしゃい。あのお城のぐるりには毒蛇《どくじゃ》と竜《りゅう》が一ぱいいて、そばへ来るものをみんな殺してしまいます。しかし、その毒蛇も竜も、日中《にっちゅう》一ばん暑いときに三時間だけ寝ますから、そのときをねらって、こっそりとおりぬければ大丈夫です。」と言いました。ウイリイはそのとおりにして、犬と一しょに、無事に城の中へはいりました。
 城の門も、中の方々の戸も、すっかり明け放してありました。

       四

 ウイリイは犬を外に待たせておいて、大きな部屋をいくつも通りぬけて、一ばん奥の部屋にはいりますと、そこに、金色をした鳥が一ぴき、すやすやと眠っていました。その鳥の羽根は、ウイリイが先《せん》にひろった羽根と同《おんな》じ羽根でした。ウイリイは、犬から教《おそ》わっていたので、そっとその鳥のそばへ行って、しっぽについている、一ばん長い羽根を引きぬきました。
 鳥はびっくりして目をあけたと思うと、ふいに一人の美しい王女になりました。それが羽根の画の王女でした。
「あなたは私の熊と狼のそばをよくとおりぬけて来ましたね。」と王女が言いました。
「肉をどっさりやりましたら、とおしてくれました。」とウイリイは答えました。
「それでは私の大男のいるところはどうしてとおりぬけたのです。」と王女は聞きました。
「パンをどっさりやりました。」
「毒蛇と竜の前は?」
「みんなが寝ているときにとおりました。」
「あなたは一たい何《なん》のためにここへ来たのです。」
「じつは私《わたくし》の王さまが、ぜひあなたを王妃にしたいと仰《おっしゃ》いますので、はるばるお迎いにまいりましたのです。どうか私と一しょにいらっして下さいまし。」とウイリイは言いました。王女は、
「それでは明日《あす》一しょに立ちましょう。しかし、とにかく、あちらへいって御飯をたべましょう。」と言いました。ウイリイは、王女の後《あと》について立派な大きな広間へとおりました。そこには、ちゃんといろんな御ちそうのお皿《さら》がならんでいました。
 ウイリイは犬からよく言われて来たので、一ばんはじめの一皿だけたべて、あとのお皿へはちっとも手をつけませんでした。
 御飯がすむと、王女は方々の部屋々々を見せてくれました。何を見てもみんな目がさめるような美しいものばかりでした。けれども、ふしぎなことには、これだけの大きなお城の中に、さっきまで鳥になっていたこの王女のほかには、だれひとり人がいませんでした。
 王女は、しまいに立派な寝室へつれて行って、
「ここにある寝台《ねだい》のどれへなりとおやすみなさい。」と言いました。ウイリイはそれをことわって、門のそばへいって犬と一しょに寝ました。
 あくる朝、ウイリイは王女のところへ行って、
「どうぞ一しょにお立ち下さいまし。」とたのみました。王女は、
「いくにはいくけれど、それより先に、ちょっとこの絹糸のかせ[#「かせ」に傍点]の中から、私《わたくし》を見つけ出してごらんなさい。」
 こういって、じきそばのテイブルの上に、色んな色の絹糸のかせ[#「かせ」に傍点]がつんであるのを指《ゆびさ》したかと思うと、いきなり姿を消してしまいました。
 ウイリイはちゃんと犬から教わっているので、ほかのかせ[#「かせ」に傍点]より心持《こころもち》色の黒いのをより出し、ポケットからナイフを出して、そのかせを二つにたち切ろうとしました。そうすると、王女はあわてて姿をあらわして、
「それを切られると私の命がなくなります。よして下さい。」とたのみました。
 王女は、それから、ウイリイをもう一度|昨日《きのう》の広間へつれて行って、一しょに御馳走を食べました。ウイリイは犬から言われているとおりを守って、今度は一ばんしまいのお皿だけしか食べませんでした。
 王女は、しまいにまた昨日のように、寝室の寝台のどれかへおやすみなさいとすすめましたが、ウイリイは、やはりそれをことわって、犬と一しょに門のそばへ寝ました。
 そのあくる朝、ウイリイは、
「今日《きょう》はどうか一しょに立って下さいまし。」と王女に言いました。王女は、
「では、その前にこのわら[#「わら」に傍点]の中から私をさがし出してごらんなさい。」と言って、一たばのわらの中へ体をかくしてしまいました。ウイリイはその中からほかのよりも少し軽いわらしび[#「わらしび」に傍点]をより出してまたナイフで切るまねをしました。王女はびっくりして姿を現わして、
「そのわらを切られると私の命がなくなるのですから。」と言ってあやまり、
「それでは、もういきましょう。」と言いました。
 王女は部屋々々の戸へ一つ一《びと》つ鍵《かぎ》をかけて廻《まわ》りました。それから一ばんしまいに、入口の門へも錠前《じょうまえ》を下《おろ》しました。そして、それだけの鍵をみんな持って、ウイリイと一しょにお城を立ちました。
 二人は長い長い道を歩いて、やっと海ばたへ着きました。船はすぐに帆を上げて、もと来た大海《おおうみ》へ引きかえしました。王女はその途中で、お城から持って来た鍵のたばを、人に知れないように、海の中へなげすてました。犬はそれを見て、こっそりとウイリイに話しました。
 ウイリイはすぐに魚にたのんで、鍵をさがしてもらいました。魚たちは、いきがけにうじ虫をたくさんごちそうしてもらったものですから、そのお礼に、みんなで一しょうけんめいに海の底をさがしました。
 けれどもひろいひろい海ですから、なかなか見つかりませんでした。魚たちは血眼《ちまなこ》になって走りまわりました。そして、やっとしまいにのこぎり[#「のこぎり」に傍点]魚《うお》が鍵のたばを口にくわえて出て来ました。鍵は海の底の岩と岩との間へ落ちこんでいたのでした。のこぎり魚はそこへ無理やりに首を突っこんで引き出したものですから、すっかりあご[#「あご」に傍点]をいためてしまいました。ですからその魚のあご[#「あご」に傍点]は、今だに長短《ながみじ》かになっています。
 ウイリイはその鍵を受取って、王女に知られないようにかくしておきました。
 船は長い間かかってようようもとの港へ着きました。
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