王さまは王女をごらんになって、大へんにおよろこびになりました。王女は年も美しさも、そっくりもとのままでした。
 王さまはすぐに王女と御婚礼をしようとなさいました。ところが王女は、自分のお城を王さまの御殿のそばへ持って来てもらわなければいやだと言い張りました。王さまはウイリイをお呼びになって、
「お前はなぜ、ついでにお城を持ってかえらなかったのか。これから行ってすぐに持って来い。それでないとお前の命を取ってしまうぞ。」
 こう言ってお怒《おこ》りになりました。ウイリイは困ってしまって、うまやへ帰って自分の小さな馬に言いました。
「あの大きなお城がどうしてここまで持って来られよう。私はもういっそ殺してもらった方がましだと思う。それに、あんな年取った王さまが、あの若い美しい王女をお嫁にしようとなさるのだから、王女がおいたわしくてたまらない。殺されてしまえばそういうことも見ないですむから、ちょうど幸《さいわい》だ。」
 こう言って、しょんぼりしていました。馬はそれを聞いて、
「これはあなたがあの二番目の羽根を拾ったばち[#「ばち」に傍点]です。しかし今度も私がよくして上げましょう。これからすぐに王さまのところへ行って、この前のような船と、同じ人数《にんず》の水夫と、それからうじ虫と肉とパンと車と革綱《かわづな》を、先《せん》のとおりに用意しておもらいなさい。」と言いました。
 ウイリイはその仕度《したく》がすっかり出来ますと、すぐに犬と一しょに船へ乗って出ていきました。やはり前と同じように、魚たちはうじ虫をもらい、鯨は空樽《あきだる》をもらいました。それから狼《おおかみ》と熊は肉を、大男たちは、パンをもらいました。ウイリイはその大男をつれて王女のお城へいきました。お城は日の光を受けてきらきら光っていました。
 大男は、みんなでそのお城をかついで、ぞうさもなく海ばたまで持って来ました。そうすると、そこへ鯨がみんなで出て来て、それを背中へのせて、向うの港まではこんでいって、王さまの御殿のそばへおし上げました。王さまは、もうこれで御婚礼が出来ると思ってお喜びになりました。そうすると王女は、
「せっかくお城がまいりましたが、部屋の戸がみんなしまっていますから何の役にも立ちません。その鍵は私がこちらへまいります途中でなくしてしまいました。あの部屋が開《あ》かないうちは御婚礼をするわけにはまいりません。」
 こう言ってことわりました。王さまは、
「それはぞうさもないことだ。すぐに鍵をこしらえさせよう。」と言って、急いで上手な鍛冶屋《かじや》をおよびになりました。けれどもその鍛冶屋には、第一、お城の門の錠前にはまる鍵がどうしても作れませんでした。しまいには国中の鍛冶屋という鍛冶屋がみんな出て来ましたが、だれ一人その鍵をこしらえるものがありませんでした。
 王さまは仕方がないので、また、ウイリイをお呼びになって、
「あの門と部屋々々の戸を開けてくれ。すぐに開けないとお前の命はないぞ。」とお言いになりました。
 ウイリイは自分がちゃんとその鍵を持っているのですから、今度はちっとも困りませんでした。

       五

 王女は、門や部屋がすっかり開いたので、もう御婚礼をするかと思いますと、また無理なことを言い出しました。
「ではついででございますから命の水を一とびんと死の水を一とびんほしゅうございます。それを取りよせて下さりましたらもう御婚礼をいたします。これまでのことをみんな聞いていただきましたのですから、どうかこれもかなえていただきとうございます。」と言いました。
 王さまはまたウイリイをお呼びになって、命の水と死の水を持って来い、それが出来なければすぐに命を取ってしまうとお言いになりました。ウイリイは廐《うまや》へ行って、
「私は今度こそはもういよいよ殺されるのだ。だれにくび[#「くび」に傍点]をしめられるのか知らないが、もうそんなことはどうでもかまわない。」
 こう言って自分の馬にお別れをしました。馬は、
「それはあの三本目の羽根を拾ったたたり[#「たたり」に傍点]です。私があれほど止めてもお聞きにならないから、こんなことになったのです。しかしもう一度どうにかして上げますから、王さまに銀のびん[#「びん」に傍点]を二つもらってお出《い》でなさい。」と言いました。
 ウイリイは銀のびん[#「びん」に傍点]をもらって来て、馬のさしずどおりに、一つへ命の水という字を彫らせ、もう一つへは、死の水という字を彫らせました。
「それでは早く鞍《くら》をおおきなさい。」と馬が言いました。ウイリイは間もなく馬に乗って大急ぎで出ていきました。そのとき窓のところに立って見ていた王女は、
「そのたすけ手がついていれば、きっと見附かります。」とウイリイに言いました。ウイリイは山や谷をいくつも/\越して、しまいに、遠くの知らない国の、或《ある》大きな森へ来ました。
 馬はその森の中の大きな木の下へウイリイを下《おろ》しました。その木の上には烏《からす》が巣をつくっていました。馬はウイリイに、親烏《おやがらす》が立って出るまで待っていて、その留守《るす》に木へ上《のぼ》って、巣にいる子烏を一ぴき殺して、命の水を入れるびん[#「びん」に傍点]を、そっと巣の中に入れておくように教えました。
 ウイリイはそのとおりにしてびん[#「びん」に傍点]を入れて下《お》りて来て、じっと見ていました。そのうちに親烏がかえって来ました。親烏は子烏が一ぴき死んでいるのを見ると、いきなりそこにあるびん[#「びん」に傍点]をくわえて、大急ぎでどこかへ飛んでいきました。それから、間もなくかえって来て、びん[#「びん」に傍点]の中の水を死んだ子烏の体へふりかけました。すると子烏はすぐに生きかえりました。
 ウイリイは急いで巣へ上《あが》って、親烏を追いのけて、びん[#「びん」に傍点]を取って来ました。その中には、まだ水が半分残っていました。馬はそのつぎにウイリイに、そう言って、蛇《へび》を一ぴきつかまえて来《こ》させました。蛇は頭をなでてやればかみつきはしないから、それを死の水のびん[#「びん」に傍点]と一しょに、烏の巣の中へ入れておきなさいと言いました。ウイリイはびん[#「びん」に傍点]と蛇を持って上《のぼ》っていきました。そうすると、親烏が、またそのびん[#「びん」に傍点]をくわえて、大急ぎでどこかへ飛んでいきました。
 親烏は間もなく帰って来て、びん[#「びん」に傍点]の水を蛇へふりかけました。蛇はすぐに死んでしまいました。ウイリイは急いで、木へ上《のぼ》って、親烏を追いのけて、びん[#「びん」に傍点]を取って来ました。今度のびん[#「びん」に傍点]には、水がまだよっぽどたくさん残っていました。
 ウイリイはその二つのびん[#「びん」に傍点]をかかえて、馬を飛ばしてかえりました。
 王女は、もう今度はどうしても御婚礼をしなければなりませんでした。しかしその前に、二つの水がほんとうにきき目があるかどうか、ためして見ていただきたいと言いました。けれども、だれ一人殺されて見ようというものがいないので、王さまは、またウイリイをお呼びになって、これはお前が持って来たのだから、きくかきかないか、お前がためして見るのがあたり前だとお言いになりました。王女はすぐに死の水のびん[#「びん」に傍点]を取って、ウイリイの体へふりかけました。ウイリイは、たちまち死んでしまいました。王女は、つぎに命の水をその死骸《しがい》へふりかけました。そうするとウイリイはすぐに生きかえって、今までのウイリイとはちがって、まぶしいほど美しい男になって起き上りました。王さまはそれをごらんになって、じぶんもそういうふうに若く美しくなりたいとお思いになり、
「では、わしも一度死んで生きかえりたい。」とお言いになりました。
 王女は仰《おお》せを聞いて、さっそく、死の水を王さまにふりかけて、それから、命の水をかけて生きかえらせてお上げしました。王さまはよくばって、その上もっと美しくなりたいとお思いになり、もう一度死なしてくれとお言いになりました。
 王女はまた死の水をふりかけました。ところが今度命の水をかけようと思いますと、もう水が一《ひ》としずくもありませんでした。
「おやおや、これではもうどうすることも出来ません。」と王女は言いました。王さまは、とうとうそれなり、ほんとうの死骸になっておしまいになりました。
 そうなると、だれかあとをつぐ人がいりました。王女は、
「それは、ウイリイさんよりほかにはだれもありません。私を鳥からもとの人間にして、あんな遠い遠いところからつれてかえったり、あんな大きなお城をここまで持って来たり、命の水や死の水を取って来たりするようなことが、ほかのだれに出来ましょう。こんなえらい人が王さまにおなりなるのに何《なん》のふしぎもありません。」と言いました。ほかの人たちは、王女が手に持っているびん[#「びん」に傍点]の中に、まだ死の水が残っているので、それにおそれて、だれ一人王女にさからうものもありませんでした。ですから、ウイリイはとうとう王さまになりました。世界中で一ばん美しい王女は、よろこんでウイリイの王妃になりました。
 その御婚礼の日に、ウイリイは、小さな灰色の馬のところへ行って、みんなお前のお蔭《かげ》だと言ってよろこびました。馬は、
「それでは今度は私のおねがいを聞いて下さい。どうか剣をぬいて、私の首を切って、それをしっぽ[#「しっぽ」に傍点]のそばにおいて、三べんお祈りをして下さい。」とたのみました。ウイリイはびっくりして、
「お前を殺すなぞということが、どうして私に出来よう。」と言いました。
「でもそれが私の仕合《しあわ》せになるのです。けっして悪いことにはなりません。どうか私のいうとおりにして下さい。」と、馬はくりかえしてたのみました。ウイリイは仕方なしに、剣をぬいて、馬の首を切り落しました。そしてその首をしっぽ[#「しっぽ」に傍点]のそばにおいて、三べんお祈りをしますと、今まで馬の死骸だと思ったのが、ふいに気高《けだか》い若い王子になりました。それは王女のお兄《あにい》さまでした。王子は今まで魔法にかかって、永《なが》い間《あいだ》馬になっていたのでした。
 二人は大よろこびをして、たがいに手を取って御殿へはいりました。王女のよろこびも、たとえようがないほどでした。
 めでたい、御婚礼のお祝いは、にぎやかに二週間つづきました。ウイリイ王と、王妃とは、お兄さまの王子と三人で、いついつまでも楽しくくらしました。



底本:「鈴木三重吉童話集」岩波文庫、岩波書店
   1996(平成8)年11月18日第1刷発行
底本の親本:「鈴木三重吉童話全集 第一巻」文泉堂書店
   1975(昭和50)年
初出:「世界童話集 第一編『黄金鳥』」春陽堂
   1917(大正6)年4月
入力:土屋隆
校正:noriko saito
2006年4月29日作成
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