その反対に、少しでも自分を押えつけることが出来ないで、いろいろの悪いことをしたものは、次の世には、獣や、またはそれ以下の動物に生れて来るのだと信じておりました。
 それらの学徒は、お互に、いつも固く団結して、いろいろの学問を修めていました。特に数学と音楽とを一ばん大切なものとして研究しました。
 その学徒の一人のピシアスという人が、シラキュースに来ておりましたが、それがいつもディオニシアスに反抗しているように睨《にら》まれて捕縛されました。ディオニシアスはいきなり死刑を言いわたしました。
 ピシアスは、それでは仰《おおせ》のままに殺しておもらいしましょうと言いました。しかし、そのまえに一つお願があります、私は希臘《ギリシヤ》に土地を持っており、身うちのものもおります。それで、一度あちらへかえって、すべてのことを片づけておき、すぐにまた出て来て処刑を受けますから、どうぞしばらくの間お許しを得たいと言いました。
 ディオニシアスはそれを聞いて嘲笑《あざわら》いました。そんなにして、まんまと遠い海の向うへ遁《に》げた後に、またわざわざ殺されにかえる馬鹿があるものか、そんなふざけた手でこのおれが円《まる》められると思うのかというように、からからと笑いました。
 ピシアスは、
「しかしそれには、私がかえるまで、身代りになってくれるものがいるのです。私の友だちの一人がちゃんと引き受けてくれるのですが。」と言葉をついで言いました。
「ははは、それはお前がからかわれたのだよ。そんなことで、むざむざ命を捨てるお人よしがどこにいよう。」とディオニシアスは笑いました。
 すると、そこへデイモンという人がすかさず出て来ました。
「どうぞ私をピシアスの代りにおとめおき下さい。もし、ピシアスがあなたを欺いて、御指定の日までにかえってまいりませんでしたら、すぐに私をお殺し下さい。」と言いました。
 ディオニシアスは、デイモンのその申出を聞いて、むしろびっくりしてしまいました。そして、よし、それではピシアスの言うとおりにさせてやろうと言いました。ともかくそれは、デイモンの馬鹿さ加減を試《ため》すのに丁度おもしろいと思ったからでした。
 デイモンは代って牢屋へ閉じこめられました。ディオニシアスは、獄卒に言いつけて、たえずデイモンの容子《ようす》を見張りをさせておきました。しかしデイモンは、いつまでた
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