つて、そのあくる晩、三十六人の手下と一しよに、イドリスの家《うち》へ出かけました。そして、おそる/\地びたにすわつて、
「どうぞイドリスさま、私《わたし》どもの名まへだけは、どこまでもかくしとほして下さいまし。そのかはり、王さまのお倉から盗み出しましたものは、そつくりそのまゝ、一と品ものこらずおかへし申します。それは、これ/\かういふ空地にうめて、その上に、白い石が目じるしにおいてあります。」と白状して、平つたくなつてあやまりました。
 イドリスは、それこそ夢ではないかと、びつくりしました。しかし、うはべでは、あくまで賢者らしい顔をして、
「よし/\、よく自白をした。それでは、おまへたちの命をたすけるために、名まへだけは言はないでおいてやらう。だが、ほり出して見て、一と品でも不足してゐたら、ようしやなく、おまへたち四十人をのこらずしばり上げるぞ。」と、おどしつけてかへしました。
 イドリスはあくる朝さつそく王さまのところへ出かけて、盗難のお品は、一つのこらず、これこれかういふところにかくしてあるやうに思はれます、すぐにほつて見て下さいましと言ひました。
 役人たちは、出たものをすつかりつんで来るために、馬を三十頭も用意して出かけました。そしてイドリスの言葉どほり、盗まれた品々を一つもかゝさず、みんなとりかへしました。
 王さまは、びつくりして喜んで、イドリスには、馬一頭へ銀貨をつめるだけつませて、それをごほうびにくれました。
 イドリスのおかみさんは、そのたいそうな下されものを見ると、とび上つてよろこびました。
「ごらんなさい。神さまはやはり、はたらくものをおたすけになるのです。みんなもとをいふと、あなたがあたしのいふことを聞いて、墓場へはたらきに出たからですよ。だから金の指輪も手にはいり、しまひには、こんなたいそうなお金持になつたのです。」と、得意になつて、はしやぎたてました。
 しかしイドリスは、なほ/\気が気ではなくなりました。こんどまた王さまから何をかさがせといはれたらいよ/\命がなくなるわけです。なくなつたりしたものが、二どゝ、あんなにすら/\出て来るはずもありません。
 王さまは、それからは、よくイドリスをよんで、ごちそうをしたり、イドリスをおともにつれていろ/\のところへ出かけたりしました。町中のものはイドリスのことを、この上なく、うらやましく思ひました。
 けれどもイドリスは、王さまからさわいでいたゞけばいたゞくほど、よけいに命がちゞまるやうな気がして、寝てもさめても苦痛でたまりませんでした。
 ある日王さまは、イドリスをつれて、町の郊外へ出かけました。王さまは、そこの大浴場で一しよに湯あみをしようと言ひ出しました。しかしイドリスは、そればかりはおゆるし下さいまし、いくら何でも王さまと一つのお湯へはいるのは、もつたいないかぎりですと言つて、かたくおことわりしました。それで王さまは、仕方なく一人で浴場へはいりました。
 イドリスはその間に、家《うち》へかへつてお湯をわかさせました。お湯にはいつてゐても、イドリスはじぶんが王さまから、何でも見とほす力があるやうに思はれてゐる、その苦しさを考へつゞけ、どうかして、上手に王さまの手からはなれる工夫はないものかと思案しました。
 ふと見ると、頭一ぱいに、シャボンのあわをつけた、じぶんのすがたが、そばの鏡にうつつてゐます。そのときイドリスは、ふと、さうだ、おれは気ちがひになつたことにしよう、それがいゝ、このシャボンだらけの頭をして、すつぱだかで町の中をかけて歩けば、だれだつて、おれのことを気がちがつたと思ふにさうゐない、それで、王さまが湯あみをしてゐられるところへかけこんで、いきなり王さまのおひげでもつかんで表まで引きずり出し、もうこれから、わしをよびつけないやうにちかはせるのが一とうだ。
 イドリスはかう思ひつくなり、そのまゝはだかでとび出しました。そして、さつきの浴場へかけつけて、家来をつきとばして、王さまのはいつてゐられる浴室へをどりこみ、王さまの口ひげを引ッつかんで、はだかのまゝを、むりやりに庭へ引きずり出しました。
 と思ふとたんに、古ぼけて、こはれかけてゐたその浴場の建物が、ふいに、どゞゞん、がら/\がらとくづれおちて、中にゐたものは、あつといふ間もなく一人ものこらず死んでしまひました。イドリスは、そのとッさに、気ちがひになるよりも、もつといゝことを思ひつきました。
「ごめん下さい、王さま。ぐづ/\してゐると、お命があぶないので、私もこのとほり、着物も着ないでとんでまゐりましたのです。私は家《うち》へかへつて湯をあびてゐました。すると私の魔術の手鏡が大声をあげてよぶではありませんか。私が何の秘密でもさぐり出し、さきのことまで見ぬくのはじつはみんな、その小さな手鏡
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