た。
 夕方になりますと、イドリスは、さも、じぶんがどこからか見つけ出して来たやうな顔をして、指輪をもつていきました。王さまは大そうよろこんで、いろ/\とほうびの品ものを下さり、これから先も、こまつたことが出来わいたら、おまへにたのむぞと言つて、しきりにイドリスのふしぎな眼力をおほめになりました。
 イドリスのおかみさんは、イドリスが、りつぱなごほうびを、どつさりいたゞいて来たので、びつくりしてよろこびました。しかし、イドリスは、うれしくも何ともありませんでした。これでは王さまに何かのことがおありのときには、きつとまた私《わたし》をおよびつけになるにちがひない、あの指輪だけは、じぶんがひろつてゐたので、すぐにおわたししたやうなものゝ、このつぎ、何かをさがせの、見とほせのと言はれたら、ギヤフンとまゐるよりほかはない。そんなことから、あの指輪をわしが盗んでゐたことまで、ばれでもしたら、どんなひどいお仕置に合はないともかぎらない、かう思ふと、イドリスは、その日から、じつとしてゐられないほど心配でした。
 と、そのうちに、やつぱり王さまから、および出しが来ました。
 それは、二三日前の晩に、王宮へ四十人のどろぼうがしのびこんで、お倉の一つの、だいじな宝物を、すつかり盗み出してしまつたのださうで、役人たちが火のやうになつて八方を調べても、犯人があがらない、それでイドリスに、その盗まれた品物のかくしてあるところを考へあてゝくれといふお話です。
 イドリスは、こまつて顔をふせてゐました。王さまはつゞけて、
「では四十日間のいうよ[#「いうよ」に傍点]をあたへるから、かならず見つけ出してくれ。このくらゐのことは、おまへにとつては何でもあるまい。だから、もし四十日たつても返答をしないと、それはおまへが、わざとわしをいぢめてこまらすものとみとめ、すぐにくびをはねてしまふから、そのつもりでゐろ。」と言ひわたしました。
 イドリスはまつ青《さを》になつてかへつて来ました。王さまのところへいつてどうしたのですと、おかみさんが聞き/\しても、イドリスは返事をさへしません。
「えゝ、うるさい。おまへに言つたつてどうなるものでもない。盗賊が四十人ばかりで王さまのお倉の宝ものを盗み出したのだ。わしは、その品ものゝありかを、四十日間にさがし出さないと、首をとられてしまふのだ。」
 イドリスは、しまひにかう言つて、ふかいため息をしました。
 イドリスは、いくらなげいても、どうにも仕方がないので、しを/\市場へいつて、くるみを四十買つて来ました。そしておかみさんに向つて、
「今晩から、このくるみを一つづゝくだいて食ふんだ。この四十のくるみがなくなる日には、わしの命もなくなるのだ。」と、ぽろ/\涙をこぼしました。


    二

 話がかはつて、王さまのお倉をあらしたどろぼうの頭《かしら》は、王さまが墓場の賢者イドリスに命じてじぶんたちをさがしにかゝつてゐるといふうはさを聞きこみました。それで、びつくりして、その晩手下の一人に向ひ、
「おまへは、これからイドリスの家《うち》へ出かけて、イドリスが何を言つてるか聞いて来い。あいつの言つたとほりの言葉を、そのまゝおれに話すのだぞ。」と言ひつけました。
 手下の泥棒は、さつそくかけつけました。そしてイドリスのうちの戸のかげに立つて、じつと耳をすましてゐますと、間もなくイドリスは、おかみさんに向つて、
「おい、そのくるみを一つよこせ。」と言ひました。どろぼうの手下は、そつと戸の鍵穴《かぎあな》からのぞいて見ますと、イドリスは、そのくるみを、かちんとたゝきわつて、こちらの鍵穴の方を見つめながら、
「四十の一つだ。」と言ひ/\食べ出しました。どろぼうの手下は、青くなつてかへつて来ました。そして頭に向つて、
「わたしが鍵穴からのぞいてゐますと、イドリスは私の方を見て、四十の一つだと言ひました。」と話しました。頭はびつくりして、そのあくる晩は、ほかの二人の手下に、イドリスが何を言つてるか聞いて来いと言つて出しました。こんどは人をちがへて、そして、いふことがうそでないやうにわざ/\二人のものをやつたわけです。その二人が、やはり鍵穴からのぞいてゐますと、イドリスはおかみさんに、
「そのくるみを一つよこせ。」と言つて、それをわり、
「えへん、四十の二つだ。」と言ひ/\鍵穴の方を見ました。
 泥棒の頭はそれを聞くと、いよ/\心配になりました。それであくる晩はまたちがつた三人のものを立ち聞きにやりますと、イドリスはやはりくるみを一つわりながら、
「あゝァ、四十の三つか。」と言ひ/\戸の方を見ました。
 どろぼうの頭は、これではもうだめだと、がつかりしました。
「イドリスは、おれたちのしたことを、ちやんと見ぬいてゐるよ。」
 頭はみんなにかう言
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