すんだんだ。といふと、こゝへはじめて来たやうだが、何、前にも一ど来たことがあるよ。そのときには、永くゐないでかへれたのさ。」
「おまいはどこから来たんだい?」と或《ある》一人が聞きました。
「おれかい? おれはウラディミイルのものだ。おれんとこのかゝあも、やはりあの町の生れだ。おれはマカールといふ名まへなんだが、世間ぢやセミョニッチとも言つてゐた。」と、ぢいさんは答へました。
 イワンはウラディミイルと聞くと、うなだれてゐた頭を上げて、
「ではおまいさんは、あの町のイワンといふ商人のことをしつてゐますか。あの一家のものはまだ生きてゐますかしら。」と、それとなく、じぶんの家内や子どもの安否を聞きさぐらうとしました。
「あゝ、イワンの家か。しつてるとも。あの家《うち》は金もちだ。もつとも、お父《とつ》つあんは、シベリヤへ来てるとかいふがね。やつぱり、おれたち見たいな罪人らしい。ときにおまいはもういゝ年のやうだが、一たい何をしてこんなところへ送られたんだ。」
 しかしイワンは、じぶんのいたましい不幸をうちあけて話す元気もありませんでした。イワンは聞かれてもたゞため息をして、
「わしは悪いことをしたので、もう二十六年もこゝにかうしてゐるのだよ。」と答へました。
「悪いことつて何をしたんだい。」とマカールは、かさねて聞きました。
「いや、かういふ目に合ふのがほんとうだらうよ。」とイワンは言ひました。すると、仲間の一人がイワンに代つて話しました。だれか悪いやつがゐて、或商人を殺して、血のついたナイフをこの人の荷物の中へ入れこんだのだ、そのために、罪もないこの人が犯人にされてしまつたのだと言ひますと、マカールは、
「はゝァん。」と、びつくりしたやうにイワンの顔を見つめながら、ぽんとひざをたゝいて、
「へゝえ、さうかなァ。ふうん。めうなこともあるものだね。だがおまいもひどくおぢいさんになつたな。」と、マカールは一人でかう言ひました。
 はたのものたちが、マカールにどうしてそんなにびつくりしたやうに言ふのかと聞きますと、マカールは何にも答へずに、
「や、ともかく、この人にあふつていふのがふしぎなのさ。」と言ひました。
 イワンは、それではこのぢいさんは、あの商人を殺した犯人をしつてゐるのかもしれないなと思ひながら、
「ぢやァおまいさんはあの殺人事件のことをしつてるんだね。それとも、ま
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