を、あちこち歩いて見た。脚は茨の棘にさゝれ、袖は、木の楚《ズハエ》にひき裂かれた。さうしてとう/\、里らしい家|群《ムラ》の見える小高い岡の上に出た時は、裳も、著物も、肌の出るほど、ちぎれて居た。空には、夕月が光りを増して來てゐる。孃子はさくり上げて來る感情を、聲に出した。
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ほゝき ほゝきい。
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何時も、悲しい時に泣きあげて居た、あの聲ではなかつた。「をゝ此身は」と思つた時に、自分の顏に觸れた袖は、袖ではないものであつた。枯れ原《フ》の冬草の、山肌色をした小な翼であつた。思ひがけない聲を、尚も出し續けようとする口を、押へようとすると、自身すらいとほしんで居た柔らかな唇は、どこかへ行つてしまつて、替りに、さゝやかな管のやうな喙が來てついて居る――。悲しいのか、せつないのか、何の考へさへもつかなかつた。唯、身悶えをした。するとふはり[#「ふはり」に傍点]と、からだは宙に浮き上つた。留めようと、袖をふれば振るほど、身は次第に、高く翔り昇つて行く。五日月の照る空まで……。その後《ゴ》、今の世までも、
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ほゝき ほゝきい ほゝ
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