メグ》みに充ちたよき人[#「よき人」に傍点]が、此世界の外に、居られたのである。郎女は、塗香《ヅカウ》をとり寄せて、まづ髮に塗り、手に塗り、衣を薫るばかりに匂はした。
十一
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ほゝき ほゝきい ほゝほきい―……。
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きのふよりも、澄んだよい日になつた。春にしては、驚くばかり濃い日光が、地上にかつきりと、木草の影を落して居た。ほか/\した日よりなのに、其を見てゐると、どこか、薄ら寒く感じるほどである。時々に過ぎる雲の翳りもなく、晴れきつた空だ。高原を拓いて、間引《マビ》いた疎らな木原《コハラ》の上には、もう澤山の羽蟲が出て、のぼつたり降《サガ》つたりして居る。たつた一羽の鶯が、よほど前から、一處を移らずに、鳴き續けてゐるのだ。家の刀自《トジ》たちが、物語る口癖を、さつきから思ひ出して居た。出雲[#(ノ)]宿禰の分れの家の孃子《ヲトメ》が、多くの男の言ひ寄るのを煩しがつて、身をよけよけして、何時か、山の林の中に分け入つた。さうして其處で、まどろんで居る中に、悠々《ウラヽヽ》と長い春の日も、暮れてしまつた。孃子は、家路と思ふ徑
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